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2021年06月01日18:21

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「ノートルダム」(アニエス・ポワリエ 著・木下 哲夫 訳)読了

2019年4月15日のノートルダム大聖堂の大火災のニュースは、生々しい映像とともに世界中を駆けめぐった。その衝撃の記憶はまだ新しい。

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著者は、パリ生まれで、パリとロンドンで政治学、国際史を学び、「ル・モンド(仏)」、「ガーディアン(英)」、「ニューヨーク・タイムズ(米)」など各紙に定期的に寄稿する気鋭のジャーナリスト。

火災が発生したとき、セーヌ左岸のアパルトマンに住む著者は、台所の窓越しから鮮黄色の煙が渦を巻いて空に舞うのを見て、階段を駆け下り通りに跳び出し、ノートルダムの南の薔薇窓の真向かいに立ち、耐えがたい想念と酷い予感に胸を衝かれたという。

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本書は、あの夜、フランス中の人々がいかに動揺し、いかに打ちのめされたか、という迫真のシーンから始まる。それと同時に、消防士や改修専門の建築家、美術家などが、自らの魂のシンボルともいうべきこの大聖堂の建物とその貴重な聖遺物や美術品を守ろうと、いかに必死の思いで勇猛果敢に闘ったかことか。そして、この大聖堂がパリやフランスの歴史とどのように関わってきたかを、中世から近現代の歴史にさかのぼって鮮やかに浮かび上がらせてくれる。

焼失した屋根に使用されていた木材は、13世紀初頭に伐採されたおよそ1500本の堅い樫から造られた。切り落とされて1年ほど寝かせてから皮を剥がし、虫害から守るために沼に25年間沈められ、水中から取り出されてさらに25年間かけて乾燥されたという。それが一夜にして焼け落ちたと知って、その喪失感に気が遠くなる思いがする。

しかし、1163年に礎石が築かれてからおよそ300年かけて完成された大聖堂は、単にそういう古いというだけの歴史を背負っているわけではない。

大聖堂の威容を印象づけてきたもののひとつである、倒壊したあの尖塔は、実は、フランス革命後に廃墟同然となっていた大聖堂を修復した際に建てられたものだという。それは建築家ウジェーヌ・ヴィオレルデュクの奮闘のたまもの。それは同時に、それまであたりまえのように繰り返されてきた歴史建造物の安易な補修をいちから洗い直すことになる。そういう考古学的な修復の考え方は、当時は破格に斬新なもので、21世紀になってようやく定着しつつある。

さらには、本書はノートルダムが、激しい宗教戦争や、革命、世界大戦をいかにしたたかに生き抜いてきたかも教えてくれる。溶融を免れた大オルガンは、革命時にはミサ曲の代わりにラ・マルセイエーズを高らかに鳴らし続けたたし、反宗教の人民革命と帝政復古の激しい振幅をも生き抜き、ナポレオンの戴冠やド・ゴールの凱旋など、フランスの国民統合のシンボルであり続けた。

ジャーナリスティックな視点からのリアリティが充実していて、しかも、フランスの近現代史も俯瞰した実に読み応えのあるルポルタージュ。


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ノートルダム:フランスの魂
アニエス・ポワリエ (著), 木下 哲夫 (翻訳)
白水社

原著:
Notre-Dame  The Soul of France

OneWorld
Released in the UK in April 2020


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