ある政治評論家が、面白いことをいっていた。
「屋」も「家」という漢字についてだが、
屋のほうは、八百屋とか魚屋というように
代々引き継がれている商売につけられる。
一方、家のほうはというと、
小説家、音楽家というように一代だけの仕事につけられる。
もちろん小説家や音楽家の子どもが親と同じ職業につくことは
ないとはいえないけれど。
どうしてこんな話をするかというと、
「家」にはひとつ大きな例外があるということ。
それは言うまでもなく政治「家」のことで、
まるで政治屋のように親から子へ代々引き継ぐ国会議員が
日本には多すぎるのではないかというのだ。
現在、衆参併せて、86人もいるそうで、
なかにはたしかに政治家として才能のある議員もいるだろうが、
親の七光りで、当選回数を積み重ねると、
才能のいかんに関わらず党内の実力者になっていく。
屋の方の商売は、親から引き継ぐにはそれなりに修行などして
なおかつ商才が求められるが、
政治家のほうはといえば、
親から地盤、看板、鞄をそっくり引き継いで、
生涯、左うちわでいられるので、才能はそれほど必要ない。
これらの事実は、支持率が低空飛行でも日本国総理が務まることを
今の首相が証明しているのではないだろうか。
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