国家が国民に知られると困ること、
隠しておきたいことを
1人の新聞記者がすっぱ抜いた大事件が
いまから51年前にあった。
ここでポイントになるのは、主役が新聞記者だった
ということ。
今どき、政治家が隠していることを暴くのは文春の専売特許だが、
新聞記者はさっぱり特ダネ報道がない。
かつてこんな話があった。
田中角栄の金脈問題をフリージャーナリストの立花隆が
月刊文藝春秋に発表したところ、
田中番記者は「そんなこと知っていた」とうそぶいたという。
だったらなんで書かなかったのか、
答えは簡単で、そんなことしたら番記者を外されるから。
つまり、権力者に阿って書けなかったということ。
1972年、沖縄返還時に、この大事件は起きた。
返還に際して400万ドル支払う密約がかわされていると
スクープを飛ばしたのは毎日新聞の記者だった。
ところがこの記者が、ネタを手に入れるために、
外務省の女性事務員と情を通じていたという事実も明るみになり
事務員と記者は国家公務員法違反の罪問われ、
大事件の記事そのものは、国家権力によって歪曲、矮小化され
忘れっぽい国民の記憶から消え去った。。
その後、米国の公文書が公開され、
密約があったことが明らかになり、
記者の名誉は回復されたものの、
賠償を求めた裁判では、最高裁まで争われ敗訴となった。
この記者が、今月24日に亡くなった。
91歳だった。
大罪を犯しているのは国民に隠して密約をかわした
政府自身であるはずだが、そちらは無罪放免。
記者、記者生命を奪われしまった。。
国民の知る権利ほど重要な権利はない。
しかし、民主主義国家の日本でその権利は、
ティッシュペーパーより軽い。
独自に取材する記者魂、つまり国民に知らせることの
強い義務感を持つ気骨のある記者がいないことは嘆かわしいが、
同時に、知る権利の重さを自覚せず、
政府の垂れ流す報道を鵜呑みして許している
国民側にも一端の責任はある。
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