アメリカ合衆国憲法には、
自由の実現は明記されているが、
平等の実現については記載がない。
ニューヨーク州では銃の携帯について規制しているが、
これが憲法の自由に反すると起こされた訴訟で、
連邦最高裁は、憲法違反であると判断を下した。
自衛のために銃の携帯が認められたわけだが、
アメリカでは、銃による大量殺人事件が発生しており、
それでは、安全に生きていく自由の権利は、
だれが保障するのか。
こんな自由が真の自由とは、常識的には思えない。
バイデン大統領も連邦最高裁の判断について、
常識に反していると、真っ当なコメントしていた。
銃規制反対派は、自衛のために自から武装すべきだと、
時計が150年ほど逆行して西部開拓時代を彷彿させる発言を繰り返し
その正当性を主張している。
ただし、連邦最高裁の判事は、銃保持を支持する保守派6人
反対のリベラル派3人で構成されており、
これじゃ平等ではないだろうと誰もが思うが、
それこそ、平等の実現は憲法には記載されていないので
この判断も不公平とはならない。
21世紀になって、
プーチンのような頭のおかしいリーダーが出る一方で、
アメリカのように、理解することがが難しい国民が
依然として多数存在している国があることもまた事実だ。
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