菅首相の所信表明演説を聞いていて感じたのは、
平板の一言だった。
講談師ではないのだから、
話し方にリズムがあったり、声の大小、
張扇などは必要ないが、
根本的に欠けているのは伝える力だ。
言葉をいくら並べても伝える力ないと、
相手には理解してもらえない。
官邸の番記者の質問に答えるのなら
「それは当たらない」「何ら問題ない」で済んだが、
首相はテレビの向こうにいる国民に話しかけるのだから、
伝える力がなければ、電波だけが空虚に届くだけだ。
全体にイントネーションがフラットで抑揚がなく、
間の取り方もいつもおなじなので、
話す項目がどれも同じに聞こえてくる。
すべて重要なことなのだろうが、
どれも重要なことには思えなくなってしまう。
そして、もうひとつ菅首相の常套句ともなって
総合的俯瞰的な世界がまったく見えない。
すごく近視眼的な世界だ。
それが発信力が弱いと指摘される理由だろう。
どんな言葉でも命を吹き込まないと、
生きた言葉にならない。
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