俳優の佐藤浩市さんが、
出演した映画での役作りで、発言した言葉をとらえ、
作家の百田氏が「たかが三流役者が」とネットで批判した。
その発言とは、首相の役を演じるについて、
体制側に立てない自分としては、
仕事を引き受けるのに躊躇したとした上で、
緊張からお腹を壊すようなそんな役作りをした
というような内容だった。
お腹を壊す首相が、安倍首相と重なるとして、
百田氏の先の批判に至ったようだ。
役者の場合は三流ではなく、三文だと思うのだが、
百田氏としては別の思惑があったのか。
三文役者は演技の下手な役者のことで、能力が問われている。
一流とか三流となると、どんな役者のことを指すのだろうか。
ひょっとして一流とは、体制に忖度するそんな役者のことだろうか。
百田氏は何をして、
佐藤浩市さんを三流ときめつけたのか。
彼はさらに、自分の書いた小説が映画化されるときには、
佐藤浩市さんを、俳優として使わないとまでいっていた。
う〜ん。そうはいうけれど、俳優にも作品を選ぶ権利があり、
オアファーされても出演を断ることも、多いと思うのだが、
一方的に使わないというのも、いかがなものなのだろうか。
1人の役者が役作りについて語ったことについて、
まるでその人格を貶めるような評価をし、言葉だけが一人歩きする。
SNSという世界こそが、品性を疑う三流社会そのものに見えてきた。
ログインしてコメントを確認・投稿する