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2019年08月08日11:39

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前橋汀子 バッハ無伴奏ヴァイオリン 全曲演奏

町田市成瀬のアートスペース・オー。その小さなサロンを久しぶりに訪ねました。

前回は、もう、2年前のことになります。小さなサロンで聴く音楽は、ある意味でとても厳しい。厳しい間近な生音の持つ裸の音が聞こえてきて演奏者のテクニックやパッションがむき出しになるからです。そういう音楽が聴けるのが楽しみで、一時はずいぶんと通いましたが、家からは遠いのでどうしても足が遠ざかっていました。

それが、この5月に横浜のvafanさんをお迎えしての赤羽オフ会での二次会でちょっと話が盛り上がり、誘い合わせるようにして久々に足を運ぶことになりました。実は、前回のコンサートは児玉麻里さんのベートーヴェンでしたが、それはvafanさんもご夫婦でいらしていて、奇しくもお互いにそれ以来のサロン・コンサートです。

児玉麻里さんのベートーヴェンもとても厳しい音楽で、聴き手に正面から挑んでくるような音楽。そういう厳しさはまさにこのサロンのスペースならではのものでしたが、バッハの音楽は、向こうから挑んでくるというよりは、こちらが挑んでいかなければならないような存在。同じ厳しさではあっても、そういうベクトルが真反対のようなところがあるような気がします。そのことは、第一義的には演奏者にとってのことなのですが、厳しい空間で生の演奏者に対峙してみると、聴き手にとっても同じなのだと気がつきます。

前橋汀子さんは、日本人ヴァイオリニストの大御所。女性の歳を数えるようなことを申し上げるのは失礼かも知れませんが、もはや巨匠ともいうべき存在で、ほぼ同年齢のピアニスト故中村紘子さんとともに、世界的に活躍する音楽家としても、ビジュアル系という点でも戦後間もない音楽シーンでの草分けといってよいでしょう。

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その前橋さんが、バッハ無伴奏の全曲演奏に挑まれるという。

最近は、若手であっても、まるで卒業演奏か何かのように、いとも簡単そうにバッハの無伴奏を演奏しCDに録れてしまいます。その昔は、バッハというのはある程度の年齢に達して熟達の境地ともいうべき演奏を披瀝したものなのですが。

前橋さんも、すでに、30年も前に全曲演奏のCDをリリースされています。心技体がともに充実した円熟期の録音で、日本のファンにもいまだにこの曲のリファレンスのひとつとして愛聴されておられる方々も多いようです。お伺いしたらvafanさんもそういうお一人なのだとか。その前橋さんが、また、再度、この曲の録音に挑まれるという。バッハというのは、何度、挑戦しても、また、違った答えが出る、そういう永遠の深淵のような音楽として、演奏家に挑戦心を抱かせるものなのでしょう。

そのCDはこの秋にリリースされるそうですが、その録音と並行するようにして、各地でリサイタルコンサートを挙行される。このサロンでの演奏は、そういう旅路の出発のようなものなのです。前橋さんの気持ちの若さにあらためて驚かされます。

バッハの無伴奏全曲を、一気に一夜で演奏するということは大変なことです。私は、この曲の演奏を何度も聴いていますが、大概は、全曲であっても二夜に分けての演奏であったり、一部の曲を取り上げて他の無伴奏曲などと組み合わせての演奏だったりします。唯一、全曲を一夜で、という体験をしたのは、5年ほど前にアムステルダム・コンセルトヘボウの小ホールで聴いたリザ・フェルシュトマンの独奏でした。7時半の開演でしたが、途中、二度の休憩を入れて、終演は深夜の11時過ぎ。聴く方もへとへとで途中で帰る高齢者も多く、見るからにタフに見えたフェルシュトマンも最後の2曲では見るからに息切れするような場面がありました。

体力的にとても大変なことなのです。

そのこと自体が挑戦なのに、失礼ながら叙勲者世代の女流ヴァイオリニストが堂々とそのことに何の衒いも無く挑むということに驚きを覚えるとともに、その現場にごくごく近接して居合わせる機会に恵まれ胸が躍る思いでした。

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しかもこの日は、長梅雨が明けた途端の酷暑。ヴァイオリニストにとっては過酷な環境だったと思います。しかも、サロンという小さな空間で密着して聴くヴァイオリンというのは、CDなどで聴く音とはまるで違っていて、そのむき出しの触感は人工的なものに慣れた耳の美音のイメージはかけ離れているという点で、大きな音楽ホールでのそれとも違っています。しかも、曲が無伴奏だけに、演奏家がヴァイオリンと曲とに直に挑戦する様が容赦なくあからさまに見えてしまいます。

前半は、厳粛な様式美を持つ曲を並べ3番のソナタでひとつの小さなクライマックスを作り、後半では、情感の綾が鮮やかな曲が並びます。その頂点ともいうべきプログラム全体のクライマックスともなるのが、最後の最後のシャコンヌ。そこでは、たびたび、裂帛の気迫がうなり声となって漏れ出て、体中の情熱がほとばしり出るような大変な熱演でした。

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人格の全てをぶつけて挑むような演奏は、バッハの無伴奏ならではですし、やはり、いまもって最前線で全身全霊を傾けて挑戦し続ける前橋汀子さんならではのもの。その気迫を浴びるようなサロンでのコンサートを終えて外に出ると、熱帯夜の生暖かい空気にさえ冴え冴えとした涼気を感じて心地よいものに思えたほどでした。







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アートスペース・オー 第226回コンサート
前橋汀子 ヴァイオリンリサイタル

2019年8月3日(土) 18:00
東京・町田 アートスペース・オー

J.S. バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ/パルティータ全曲演奏

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調BWV1001
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番ト短調BWV1002
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調BWV1005

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調BWV1003
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ト短調BWV1003
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV1004

使用楽器:1736年製デル・ジェス・グァルネリウス
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