私にとって今年の東京・春・音楽祭(東京春祭)は、例年になく重量級のコンサートが続きました。メルニコフ、レオンスカヤとボロディン四重奏団といったロシアの本格派や、恒例となったヤノフスキーを迎えてのワーグナー「指輪」シリーズ、そして掉尾を飾ったのは都響によるベルリオーズの大曲「レクイエム」ということになり、例年欠かさず通った日本人の中堅・若手の演奏家のコンサートにはとうとう足を運ぶことがありませんでした。
けれども、ひとつだけ今年も足を運んだのが、このミュージアム・コンサート。西洋美術館の特別展示と連動させたバロック音楽の演奏会。学芸員のかたの展覧会の作品についての解説があって、展覧会の入場券とセットになっていてとても得をした気になれます。
今年は、17世紀イタリア・バロック期の宗教画家グエルチーノの作品がテーマでした。
この画家は、日本人にとっては無名に近い地味な存在ですが、当時のイタリアにあっては大変な人気があったそうで模写や模倣画が数限りなくあるそうです。その生地であるボローニャ近郊のチェントという町が、東日本大震災の翌年にやはり大地震に見舞われました。そのためグエルチーノの作品を収蔵する教会や美術館が被害を受けいまだに閉鎖されたままだということです。今回の展示は、いわばその修復・改修に向けたプロジェクトの一貫。西洋美術館にもその作品が所蔵されている縁もあって全面的に協力しての展示でした。
会場は、西洋美術館の講堂で行われますが、かなりリッチなその響きがリコーダーやチェンバロのような古楽器によく合っていて私はとても気に入っていました。ところが昨年ぐらいから、日東紡音響エンジニアリングの協力ということでその製品である《ANKH(アンク)》が導入されるようになりました。グエルチーノについての講義が終わると、さっそくそれが中央に引き出されます。確かにリコーダーの音が響き過ぎず音が整理されるので、演奏はしやすくなるのかもしれませんが、個人的に気に入っていたこの部屋本来の響きがスポイルされたような気がしてちょっと面白くないのです。
リコーダーは江崎さんで、バロック・ヴァイオリンの宮崎さん、バロック・ファゴットの永谷さんとのトリオの演奏となりました。特に、ファゴットというのは珍しくてとても面白くて、トリオでの演奏のレパートリーの豊かさがとても印象的でした。反面、例年必ずお目にかかる百瀬チェンバロには、今年はとうとうお会いできなかったのはちょっと寂しい気がしました。
グエルチーノの時代と呼応する初期バロックの音楽は、舞曲がとても多彩に発展した時期で、わかりやすい活気に満ちた音楽です。グエルチーノの宗教画もローマでの体験を経て敬虔なカトリック風の聖像的画風からむしろ人間の肌や肉体の量感を写実的にとらえた具象性の高い画風になっていきます。聖母像などの偶像崇拝を戒めたプロテスタントに対抗するように、母子愛など人間的な情感のこもった絵画でキリストの真髄を伝えようとしたグエルチーノと同じように、その音楽はとても明快で人間主義的。
バッハなどの後期バロックでは、荘重で厳粛な印象の強いパッサカリアなども執拗なくり返しがもたらす興奮のカタルシス。特に、最後に演奏されたチャッコーナ(シャコンヌ)は、ファゴットの永谷さんが足鈴をつけて踏みならして同じリズムを刻むことからもたらされる興奮と狂乱はラヴェルの「ボレロ」を思わせるような音楽でした。
ミュージアム・コンサート
「グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家」記念コンサート vol.2
江崎浩司(リコーダー)
2015年4月9日(木) 11:00
東京・上野 国立西洋美術館 講堂
リコーダー: 江崎浩司
バロック・ヴァイオリン:宮崎容子
バロック・ファゴット:永谷陽子
お話:渡辺晋輔(国立西洋美術館主任研究員)
ヴェッキ:《慰めの森》より 第11番 トリウェッラのサルタネッロ
ジェズアルド:ヴェノーザ皇太子のガイヤルダ
チーマ:ソナタ イ短調
フレスコバルディ:
カンツォン 第2番(《カンツォーナ 第1集》 より)
トリオ ト短調
ファルコニエーリ:
3声のためのフォリア ニ短調
サタンの娘婿バラバーソの戦い(《カンツォーナ 第1集》 より)
ロッシ:パッサカーユ
カリッシミ:リコーダー・ソナタ ニ短調 より
カステッロ:ソナタ 第9番 ハ長調
メールラ:チャッコーナ
(アンコール)
ファルコニエーリ:乱闘と言い争い
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