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2015年04月08日16:45
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ボロディン弦楽四重奏団とレオンスカヤ
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メルニコフのドビュッシーに興奮さめやらぬ翌々日、再び、上野に向かいました。
今年の《春祭》のテーマは、生誕１００年の節目にあたるリヒテル。そのリヒテルが、その生涯で何度も取り組んだのが、シューマンとショスタコーヴィチ。リヒテルと共に活動を続け、数々の名演を残してきたボロディン弦楽四重奏団とレオンスカヤがともにリヒテルへの深い想いを捧げる一夜であり、『《リヒテルに捧ぐ》シリーズ、クライマックスを飾るフィナーレ』というのが、このコンサートのふれ込みなのです。
それは、まさに、期待どおり。
冒頭のシューベルトの『断章』は、プログラム上はウォームアップのようなものにも思えましたが、ボロディン四重奏団の特質や音色を確かめるうえでは格好のものとなりました。この曲は劇的な緊張をはらんだもので、実際にそういうテンションの高い演奏がほとんどですが、ボロディンのそれはひと味違いました。シューベルト晩期の深みを感じさせるような響きで、ゆったりとした情感あふれるシューベルト。特に第１ヴァイオリンのアハロニアンの柔らかい安定した音色が見事です。
ボロディン四重奏団は、今年、結成７０周年の節目を迎え、そういう歴史の深みを感じさせる格別の響きがします。リヒテルと長年にわたって共演を重ねてきたということでは、リヒテル生誕１００年という音楽祭の今年のテーマにもっともふさわしい団体なのです。
１楽章だけの「断章」が終わると、なんとも気分のよい充足感と期待感の高揚が同時にわき上がってきます。後方のピアノが前方に少しだけ引き寄せられ響板が大きく開けられると、レオンスカヤも加わった５人全員がステージに登場します。
ピアノ五重奏曲は、シューマンのいわゆる「室内楽の年」に生まれた傑作。長い辛苦と紆余曲折の末にようやくクララとの結婚にこぎつけた３０歳の年の「交響曲の年」は、シューマンの音楽家としてのキャリアの充実を象徴し、翌年の「歌曲の年」は、彼の愛の成就を象徴しています。そういう偏執的なジャンル集中がいかにもシューマンらしいのですが、続く「室内楽」への集中は家庭的な充実を象徴しているように私には思えます。そこにはあふれんばかりのロマンチシズムが花開いていて、輝かしいまでの推進力が漲っています。そこに坪庭のように柔和で内向的な中間楽章があって、ほんとうにシューマンらしい。
そういうロマンチックな雰囲気にあふれたレオンスカヤのピアノの低域には深みがあって、慈愛に満ちた中域と華やかな高域が織りなす豊かな色彩はまるで豪華なブーケのよう。それが、内声部の充実した響きのボロディン四重奏団と融合する音楽の素晴らしいこと。
個人的には、このホール備え付けのスタインウェイに感心したことがないのですが、レオンスカヤが弾くとこうまで違うのかと感服してしまいました。ところがご一緒だったＧＲＦさんが、この夜のピアノが前日レオンスカヤが弾いたピアノではなくヤマハであることを指摘されました。なるほどそうだったのかと納得することしきり。そういえば、リヒテルはヤマハの「ＣＦ」を早くから認めたピアニストで初来日の１９７０年大阪フェスティバルホールでのリサイタルはすべてヤマハを演奏したことは有名な話。この夜のレオンスカヤには、リヒテルの言う「心の感度の良さとブリリアントな面の両面」がそのままに具現していました。
そのことが、もっと、端的なものとして示されたのが、次のショスタコーヴィチ。
出だしのバッハ風のシリアスなプレリュードが、尋常ならざる音楽を予感させます。そこでのレオンスカヤのピアノのダイナミズム、ボロディンの一体となったアンサンブルの峻厳さが素晴らしい。第２楽章のフーガは、コンサート前半のシューマンの終楽章のように颯爽としたものではなく、ショスタコーヴィチ独特の皮肉や風刺が交錯する複雑な情感の音楽。ここから音楽は、徐々に表情を変えて親しみやすい旋律美や古典的な安定へと変貌していきます。そこには、虚々実々の不思議な美意識があって、その「うそ」にはどこかうら哀しい美しさがあります。芸術は「真実」であってこそ賞賛されるものですが、このショスタコーヴィチの曲は秘かに「虚偽」を装っていて、その「うそ」が「ほんと」と同様の芸術的な何かを語っているように思えてくるのです。
ショスタコーヴィチは、中学生の頃に交響曲と弦楽四重奏曲のいくつかに接してからひとつひとつこつこつと時間をかけて積み重ねてきましたが、いつまでたっても汲み尽くせぬ名曲がたくさんあります。この五重奏も今回初めて聴いたと思うのですが、すっかりその魅力にとりつかれた思いがします。さっそくアマゾンで当たってみましたが、リヒテル盤にはとんでもない値がついていて断念。今日聴いたレオンスカヤとの組み合わせのものがテルデックにあったのでさっそく注文しました。それでも「プライム」対象ではない業者の在庫なので手元に届くのは時間がかかりそうです。
ご一緒したＧＲＦさんの表情にも高揚感があふれていて、感想を述べ合おうと湯島のバーへと勇んで繰り出したのですが、先だってのメルニコフのドビュッシーと同様に、なかなか言葉にならず、どこか口数の少ない酒になってしまいました。それでも十分にふたりの顔は満足気だったのです。
（写真等は、いずれも東京・春・音楽祭による）
リヒテルに捧く �検弊乎贈隠娃闇�記念）
ボロディン弦楽四重奏団 with エリーザベト・レオンスカヤ（ピアノ）
〜リヒテルとともに奏てた音楽家たち
２０１５年４月２日（木） １９：００
東京・上野 東京文化会館 小ホール
ボロディン弦楽四重奏団
第１ヴァイオリン：ルーベン・アハロニアン
第２ヴァイオリン：セルゲイ・ロモフスキー
ヴィオラ：イゴール・ナイディン
チェロ：ウラディーミル・バルシン
ピアノ：エリーザベト・レオンスカヤ
シューベルト：弦楽四重奏曲 第１２番 ハ短調 Ｄ．７０３《四重奏断章》
シューマン：ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品４４
ショスタコーヴィチ：ピアノ五重奏曲 ト短調 作品５７
（アンコール）
ショスタコーヴィチ：ピアノ五重奏曲 ト短調 作品５７ より 第３楽章
今年の《春祭》のテーマは、生誕１００年の節目にあたるリヒテル。そのリヒテルが、その生涯で何度も取り組んだのが、シューマンとショスタコーヴィチ。リヒテルと共に活動を続け、数々の名演を残してきたボロディン弦楽四重奏団とレオンスカヤがともにリヒテルへの深い想いを捧げる一夜であり、『《リヒテルに捧ぐ》シリーズ、クライマックスを飾るフィナーレ』というのが、このコンサートのふれ込みなのです。
それは、まさに、期待どおり。
冒頭のシューベルトの『断章』は、プログラム上はウォームアップのようなものにも思えましたが、ボロディン四重奏団の特質や音色を確かめるうえでは格好のものとなりました。この曲は劇的な緊張をはらんだもので、実際にそういうテンションの高い演奏がほとんどですが、ボロディンのそれはひと味違いました。シューベルト晩期の深みを感じさせるような響きで、ゆったりとした情感あふれるシューベルト。特に第１ヴァイオリンのアハロニアンの柔らかい安定した音色が見事です。
ボロディン四重奏団は、今年、結成７０周年の節目を迎え、そういう歴史の深みを感じさせる格別の響きがします。リヒテルと長年にわたって共演を重ねてきたということでは、リヒテル生誕１００年という音楽祭の今年のテーマにもっともふさわしい団体なのです。
１楽章だけの「断章」が終わると、なんとも気分のよい充足感と期待感の高揚が同時にわき上がってきます。後方のピアノが前方に少しだけ引き寄せられ響板が大きく開けられると、レオンスカヤも加わった５人全員がステージに登場します。
ピアノ五重奏曲は、シューマンのいわゆる「室内楽の年」に生まれた傑作。長い辛苦と紆余曲折の末にようやくクララとの結婚にこぎつけた３０歳の年の「交響曲の年」は、シューマンの音楽家としてのキャリアの充実を象徴し、翌年の「歌曲の年」は、彼の愛の成就を象徴しています。そういう偏執的なジャンル集中がいかにもシューマンらしいのですが、続く「室内楽」への集中は家庭的な充実を象徴しているように私には思えます。そこにはあふれんばかりのロマンチシズムが花開いていて、輝かしいまでの推進力が漲っています。そこに坪庭のように柔和で内向的な中間楽章があって、ほんとうにシューマンらしい。
そういうロマンチックな雰囲気にあふれたレオンスカヤのピアノの低域には深みがあって、慈愛に満ちた中域と華やかな高域が織りなす豊かな色彩はまるで豪華なブーケのよう。それが、内声部の充実した響きのボロディン四重奏団と融合する音楽の素晴らしいこと。
個人的には、このホール備え付けのスタインウェイに感心したことがないのですが、レオンスカヤが弾くとこうまで違うのかと感服してしまいました。ところがご一緒だったＧＲＦさんが、この夜のピアノが前日レオンスカヤが弾いたピアノではなくヤマハであることを指摘されました。なるほどそうだったのかと納得することしきり。そういえば、リヒテルはヤマハの「ＣＦ」を早くから認めたピアニストで初来日の１９７０年大阪フェスティバルホールでのリサイタルはすべてヤマハを演奏したことは有名な話。この夜のレオンスカヤには、リヒテルの言う「心の感度の良さとブリリアントな面の両面」がそのままに具現していました。
そのことが、もっと、端的なものとして示されたのが、次のショスタコーヴィチ。
出だしのバッハ風のシリアスなプレリュードが、尋常ならざる音楽を予感させます。そこでのレオンスカヤのピアノのダイナミズム、ボロディンの一体となったアンサンブルの峻厳さが素晴らしい。第２楽章のフーガは、コンサート前半のシューマンの終楽章のように颯爽としたものではなく、ショスタコーヴィチ独特の皮肉や風刺が交錯する複雑な情感の音楽。ここから音楽は、徐々に表情を変えて親しみやすい旋律美や古典的な安定へと変貌していきます。そこには、虚々実々の不思議な美意識があって、その「うそ」にはどこかうら哀しい美しさがあります。芸術は「真実」であってこそ賞賛されるものですが、このショスタコーヴィチの曲は秘かに「虚偽」を装っていて、その「うそ」が「ほんと」と同様の芸術的な何かを語っているように思えてくるのです。
ショスタコーヴィチは、中学生の頃に交響曲と弦楽四重奏曲のいくつかに接してからひとつひとつこつこつと時間をかけて積み重ねてきましたが、いつまでたっても汲み尽くせぬ名曲がたくさんあります。この五重奏も今回初めて聴いたと思うのですが、すっかりその魅力にとりつかれた思いがします。さっそくアマゾンで当たってみましたが、リヒテル盤にはとんでもない値がついていて断念。今日聴いたレオンスカヤとの組み合わせのものがテルデックにあったのでさっそく注文しました。それでも「プライム」対象ではない業者の在庫なので手元に届くのは時間がかかりそうです。
ご一緒したＧＲＦさんの表情にも高揚感があふれていて、感想を述べ合おうと湯島のバーへと勇んで繰り出したのですが、先だってのメルニコフのドビュッシーと同様に、なかなか言葉にならず、どこか口数の少ない酒になってしまいました。それでも十分にふたりの顔は満足気だったのです。
（写真等は、いずれも東京・春・音楽祭による）
リヒテルに捧く �検弊乎贈隠娃闇�記念）
ボロディン弦楽四重奏団 with エリーザベト・レオンスカヤ（ピアノ）
〜リヒテルとともに奏てた音楽家たち
２０１５年４月２日（木） １９：００
東京・上野 東京文化会館 小ホール
ボロディン弦楽四重奏団
第１ヴァイオリン：ルーベン・アハロニアン
第２ヴァイオリン：セルゲイ・ロモフスキー
ヴィオラ：イゴール・ナイディン
チェロ：ウラディーミル・バルシン
ピアノ：エリーザベト・レオンスカヤ
シューベルト：弦楽四重奏曲 第１２番 ハ短調 Ｄ．７０３《四重奏断章》
シューマン：ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品４４
ショスタコーヴィチ：ピアノ五重奏曲 ト短調 作品５７
（アンコール）
ショスタコーヴィチ：ピアノ五重奏曲 ト短調 作品５７ より 第３楽章
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