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2015年02月18日16:46

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シトコヴェツキーが贈る弦楽合奏の魅力(紀尾井シンフォニエッタ東京)

この日の紀尾井シンフォニエッタ東京(KST)は、確かに、いつもと違っていた。

編成は、弦5部だけのいわゆる弦楽合奏。だから弦楽器同士が互いに耳を澄ましいつにも増して集中し磨き上げた緻密なアンサンブルだっということもあるが、やはりまったく新たな鮮度の高い相貌を見せたということでもあると思う。

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話題はもちろん、シトコヴェツキーが自ら弾き振りしての弦楽合奏版「ゴルトベルク変奏曲」。彼が、30年前に、グレン・グールドに捧げて編曲したという弦楽三重奏曲版の「ゴルトベルク」は近年になって人気が高く、初演に参加したマイスキーや今井信子らが録音したCDもよく知られており、昨年、東京春音楽祭でもその今井信子が中心となって演奏された。

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シトコヴェツキーは、指揮者としても活発に活動していて、その後、自らが創設したニュー・ヨーロピアン・ストリングス(NES)という弦楽オーケストラのために、再度、「ゴルトベルク」を編曲している。それが今回の弦楽合奏版だ。

弦楽三重奏曲版とは、かなり印象が違う。原曲は、二段鍵盤のために書かれ対位法を駆使した変奏曲。三重奏曲版では、あくまでもこの対位法的な旋律線や和声進行を三重奏(または二重奏)としたものだが、弦楽合奏版はそれを単に拡大したものではなく、21世紀のコンチェルトグロッソ(合奏協奏曲)ともいうべき編成で、シトコヴェツキーの豊かな想像力が活かされている。

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編成配置は、両翼にヴァイオリンが配され、中央左にヴィオラ、中央右にチェロ、その後列中央にコントラバス2台と右手にチェンバロというふうになっている。指揮者であり、コンチェルティーノ(独奏)を兼ねるシトコヴェツキーは第一Vnのコンサートマスターの場所に高い丸椅子を据えて座る。本来のコンマスである千々岩は第二Vnの首席。同じようにVa首席の馬渕昌子、Vc首席の丸山康雄が、同じようにコンチェルティーノ(独奏)を兼ねる。

すなわち全合奏であったり、合奏協奏曲であったり、時には室内楽であったり、あるいは通奏低音群を伴う独奏ヴァイオリンのトリオソナタ風だったりと、その演奏様式は変幻自在。対位法の対比も決まったものではなく、時に楽器が入れ代わり、同じ声部なのに第一Vnと第二Vnのソロが掛け合うように飛び交う。ヴァイオリンだけではなくヴィオラの馬渕やチェロの丸山も、真珠玉がこぼれ落ちんばかりの超絶技巧も実に淡麗で美しいことこの上ない。コントラバスの河原の見事なソロもある。合奏であっても、フラジオレットやピッチカートなどの繊細な響きの触感が豊か。

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「冷熱」的とでも言ったらよいのか、合奏全体や独奏者の熱量がかぁーっと燃え上がったりというステージ全体の起伏ではなく、個々に発生する熱が微細な細流となってあちらこちらに行き来する。個々の微小でデリケートな熱の位置エネルギーが血流のように交換されていく。…それが聴覚的にも視覚的にも立体的な心地よい細動となって聴く者の身体と心に浸透してくる…というような体験だった。

こういう新鮮な弦楽合奏の相貌は、後半のチャイコフスキーでも顕著。普段はどちらかといえばドイツ的な響きの傾向が強いKSTだが、このチャイコフスキーは、スラブでもなくドイツでもなく、フランス的。響きが明晰で色調が明るい。例えば、カラヤンの演奏のように厚みのある弦楽アンサンブルではなく、透明感があってVnの輝きやVaの渋い中間色、Vcの朗々としたテナーの歌がパレットの絵の具のように対比的。素晴らしかったのがコントラバスで、きりりと締まった墨画のような大胆なストロークの躍動を感じさせた。

けれども、こうした感覚が、初めからすんなりと受容されたわけではない。初めは戸惑いのようなものがあったことも確か。本当に新鮮な感覚。そのことが、しみじみと身体の中から湧き上がってきたのは、アンコールのバッハの「アリア」。この曲は、小澤征爾と水戸室内管が折に触れて取り上げる曲だし、あの大震災の直後もしばしば演奏された。そういう「泣き節」とは全く無縁の、無色透明の小宇宙のようなバッハ。こういう演奏が、日本人の弦楽合奏から醸し出されたことに感無量の思いがした。






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紀尾井シンフォニエッタ東京 第98回定期演奏会
2015年2月14日(土) 14:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール

指揮&ヴァイオリン:ドミトリー・シトコヴェツキー
コンサートマスター:千々岩英一

J.S.バッハ/シトコヴェツキー編:ゴルトベルク変奏曲BWV988(弦楽合奏版)

チャイコフスキー:弦楽セレナード ハ長調Op.48

(アンコール)
J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068より第2曲Air



(蛇足)

この日の演奏は、CDのために収録されているとの掲示がありました。

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会場に入ると、ステージよりやや客席側に入った頭上に見慣れない大きなマイクロフォンがふたつだけ吊ってありました。ステージ上にいっさいの補助マイクはありません。

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このマイクは、日本のインディレーベル「マイスター・ミュージック」が使用している「エテルナ・ムジカ」に間違いありません。スウェーデン人、デットリック・デ・ゲアール氏の手作りの、高さ27cm、重さ2.2kgという巨大な真空管マイク。世界で数組、日本には3組しかないという。これで、今日の演奏が完全なワンポイントステレオで収録されるということになります。

この素晴らしかった演奏が、その場かぎりではなかなか本質が見えにくい複雑で新しい形であっただけに、CDがリリースされるのが今から待ち遠しいかぎりです。


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