4月30日に亡くなっていたと報じられた立花隆の膨大な著作から一番好きな本を挙げると、『エーゲ 永遠回帰の海』。一般的な評価ではマイナーな本だろうが、立花さん自身も自著の中で一番気に入っているという。
文庫版あとがきにあるが、この本で描かれた二つの世界は、実は立花さんが「田中角栄研究」などで注目を集め、読者や社会を刺激し始める以前から惹かれていたものだった。
一つは、ギリシャ北東部の半島・アトス山。世界中の正教会の修道士たちが暮らす修道院群がある、正教徒の聖地である。彼らは今も中世さながらの自給自足と神への祈りの日々を送っている。今でこそひっそりしているが、かつては修道士であふれていたらしい。
もう一つは、キリスト教が生まれる前に栄え、そして滅びた、ギリシャや小アジアの数々の文明の痕跡。その建築物の跡からアテネよりも繁栄していたかもしれないが、その名前すら残っていない――そんな廃墟の跡が夥しくある。現代人も含め人間の生は、栄枯盛衰を繰り返してきた永劫回帰の中の一瞬の閃きのようなものか。田中角栄のスキャンダルや宇宙飛行もその中の一コマ。
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