楽しかったヴェネツィアを後に、トリノへ向かいます。
出発はヴェネツィア本島に乗り入れた鉄道(FS=トレニタリア)のターミナル駅・サンタ・ルチア駅から都市間特区(IC)に乗ります。あの長い鉄橋を渡るのは、独特の高揚感があるのですが、到着の時のような心浮き立つものとはちょっと違うのは、やはり、楽しかったヴェネツィアへの愛惜があるからでしょう。
途中、ヴェローナの町を通り過ぎます。ヴェネツィアからミラノまでは2時間ほど、トリノまではさらに1時間ほどかかります。
車内はきれいで快適。時間も驚くほど正確です。35年前に初めてイタリアを訪れたときは、ストによる遅延や運行休止だらけで、そのいい加減さに翻弄されましたが、隔世の感があります。あの当時は、人々はいかにも怠惰でサービスも悪く、ナポリなどは市政が破綻状態にあってゴミ収集ができずゴミの町と化していました。ところが、近年のイタリアは見違えるほどで、町はきれいで人々はきびきびと動き、英語も通じるし親切です。むしろ、ここ二、三年のドイツの印象とは逆転しているとさえ感じます。経済の停滞や中央政治の秩序などと社会の成熟とは必ずしも連動しないということを痛感します。
トリノに寄ったのは、少し他の町も行ってみたかったから。2006年の冬季オリンピック開催で観光地としてその名はだいぶ浸透はしたものの、やはり、観光地としてはかなり地味な印象があります。むしろ、自動車メーカー・フィアットの本拠地として工業都市のイメージが強いのですが、この町は何と言っても近代イタリア統一の中軸となったサヴォイア王国の中心であり、統一後に最初の首都が置かれた町。そういう風格があります。
イタリアは、その近世から近代まで、分裂とフランスやオーストリアなどの支配で千々に乱れました。現在のフランス領サヴォイアが出自のサルディニア公家も、もともとはシチリアを支配していて、この地と交換する形でサルディニアとピエモンテを得ます。それがナポレオン戦争後には大陸の領土を一時は失格してしまいます。そのシチリアも中世以来スペインの支配が長く、その領有の歴史は複雑。英雄ガルバルディのシチリアの反乱支援を機にリソルジメント(イタリア統一運動)が一気に勢いを得て、サルディニア王へ占領地を奉還することで統一が完成する。映画「山猫」で、アラン・ドロン演ずる主人公タンクレディの有名な言葉が「変らずに生きてゆくためには、自分が変らねばならない」でした。トリノは、その言葉にとてもふさわしい街です。
市街中央のポルタ・ヌオーヴォ駅から王宮の方に向かって歩いて行くと、中心にサヴォイア公・エマヌエレ フィリベルトの騎馬像が立つサン・カルロ広場があります。いかにも王都にふさわしい堂々とした広場。でも他の都市とは違って閑散としています。
さらに王宮に向かって歩くとカステッロ広場があります。王宮へと続く大きな広場で、バスや路面電車が行き交う繁華街。こちらが広場としては王都の中心だったというわけです。
その広場の右手の一角に、トリノ王立歌劇場、レージョ劇場があります。
この劇場は、創建こそ18世紀半ばまでさかのぼりますが、すぐに続いたミラノ・スカラ座やヴェネツィアのフェニーチェ劇場の開場によりトップの座を奪われるなど、浮沈を繰り返し、ついには1936年の火災によって歌劇場としての機能は失われます。戦争によって再建が大幅に遅れ、再建こけら落としが行われたのは1973年のこと。いかめしい外郭の中に近代的な建物が入れ子のように建っています。この外郭部は、旧劇場で焼け残った部分を残したものだそうです。
この日は、トリノ王宮群のひとつとして世界遺産に登録されているヴェナリア宮を訪ねてみました。
広場から直行バスが出ていて、西に40分ほどの郊外地にあります。ヴェネツィアやフィレンツェのような歴史の積み重ねはありませんが、イタリア統一を成し遂げたサヴォイア家の近代主権国家としての威信をかけて建設されただけにフランスのヴェルサイユ宮殿やドイツ各州の王宮にも劣らぬ威容を誇ります。事実、17世紀にサヴォイア公がヴェルサイユ宮殿をモデルにして創建され、その後、フランスの侵攻で破壊されますがスペイン継承戦争で勝利したサヴォイア家によって大々的な修復が行われたもの。
漆喰装飾の大回廊は、もともとが騎馬兵舎だったとは思えない美しさで、そのスケール感はヴェルサイユ宮の印象を上まわるところがありました。
トリノは、グルメの街としても有名です。
もともとワインの銘醸地であるピエモンテ州の首都であり、街中にはアルプスを源流とするポー河が流れ、一帯はヨーロッパ有数の農産地で豊かな食材に恵まれています。イタリア高級食材のデパートであるイータリー(EATALY)もここを本拠としていて、2年に1度の国際食品見本市が開催されると世界中から美食にかかわる人々が集まります。ファッションのミラノに対して、グルメのトリノというわけです。
サヴォイア家の出自に加えて、この地もフランスの支配を受けたことから、フランス王宮料理の血脈も流れ、そのグルメぶりはピザとパスタばかりの他地域とは一線を画しています。
昼食は、カステッロ広場で軽食ということで、雑踏をはさんでマクドナルドと向き合うオープンカフェに飛び込みリゾットを注文しましたが、その美味しさにびっくり。グラスワインのシャルドネのミネラルの濃い香りと上品な甘みの余韻に2度びっくり。
サン・カルロ広場のカフェも、フィレンツェのような観光ずれはしていなくて、都会的な洗練にあふれています。
オペラの方は、スケジュールが合わず、これはという出し物がなく観劇は断念したので、この日だけはゆっくり夕食を取ることにしました。
トリノには、現在、ミシュランガイドに32店のレストランが登録され、そのうち星つきが10店となっていますが、そのひとつにホテルで予約を入れてもらってでかけました。
多彩な料理が楽しめるという13皿のコースを頼んでみました。ひとつひとつの皿は小さめなのですが、家人は10皿でギブアップ。私も完食達成はできず。それぞれに創造力豊かな巧みがあって、ちょっと日常を離れた美食の贅に酔いしれました。
ワインは、バローロの赤。ヴィンテージが若いせいか軽めですがバランスがとれていて、多彩な料理のどれにも合う精気あふれるネッビオーロ。
https://www.rinaldifrancesco.it/en/
ミシュランの星つきで、ふたりでこれだけ食べても、スカラ座のチケットよりも安上がりだと家人が苦笑いしていました。
さて、翌日は、いよいよそのスカラ座です。
(続く)
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