宮崎学『血族 アジア・マフィアの義と絆』（幻冬舎、１９９９）を読み終わって、やや大げさにも響く、そんな言葉が浮かんだ。
書き下ろし９１８枚というこの本は、一部に小説的、フィクショナルな部分もあるが、基本的に史実と取材に基づくという。
１９２５年生まれの「将軍」、こと謝俊耀は、この本に出てくる人物ネットワークの中心に立つ。毛沢東率いる共産党軍に敗走した国民党軍の残党で、国民党軍による「将来の本土反攻」を見据え、資金調達のために、「黄金の三角地帯」と呼ばれるタイ・ビルマ・ラオス・雲南の国境地帯でケシの栽培、アヘン密造・密売により巨万の富を蓄え、また暴力を効果的に使うとともに、タイではモン族という少数民族による大規模農場を所有・運営するという「表の顔」も併せ持ち、政商として東南アジアの華僑・華人ネットワークの裏社会のトップにまで上り詰める。
舞台は中国本土をはじめ、東南アジアのほとんどの国にわたる（例えば将軍は、英国領シンガポールの英国式寄宿学校に通い、軍官学校を首席で卒業）。背景には、中国南部出身の華僑・華人が東南アジア各国に移住し、現地に定着しているのに並行して裏社会も広がっている現実がある。
エピソードとして、ベトナムでは森の妖精のような山岳少数民族の美少女を輪姦後に惨殺した「ベトコンのごろつき」連中を見つけ出して片付けさせたり、タイ・マレーシアの国境地帯で拉致などの手段で集められた美女たちを売買する市場で、そこを仕切る仇敵グループの連中を掃討したりしている。
登場人物の国籍も同様に東アジア・東南アジア各国にわたる。将軍の腹心の一人で腕っ節の並外れた男・東郷は旧日本軍の残党で、こうした暴力手段による決着には欠かせない…。
この本には表の華僑・華人ネットワーク（最も有名な一人がシンガポールの首相だったリー・クアンユー）にはあまりフォーカスが当てられないが、表裏を併せて華僑・華人ネットワークは「もう一つの中国」ではないか。
なお著者の史観によれば、度重なる失脚から蘇った��（登ヘンにオオザト＝トウ）小平が唱導した改革開放路線は、「中国的社会主義」ではなく、「中国的資本主義」である。
また将軍もそうだが、��小平、孫文、李登輝、リー・クアンユーも客家（はっか）である。客家は数の上では華僑・華人の中で目立たないが、その輩出した人物群からして華人ネットワークでも突出している。
ところで、昼のワイドショーに出ていた、顔が泉ピン子に似ている中国専門家の女性教授によれば、中国の現在の国家主席・習近平が腐敗摘発に力を注いでいる理由は「ラストエンペラーになりたくないから」だと言う。歴代の中国王朝は一つの例外もなく、内部の腐敗によって滅びており、毛沢東を開祖とする共産党政権にもその兆候が顕著だという。
実に年に４０兆円もの不正蓄財された金が海外に流出しているのが現在の中国であり、この腐敗を食い止めないと「共産党政権＝毛王朝」が倒れる可能性があり、自分が「政権最後の最高責任者」という永遠の汚名を着せられることだけは避けたいのだろう、と。
たとえ習近平の代で「中国的資本主義」に走る共産党政権が倒れなくとも、その反腐敗の施策が失敗すれば、やがては共産党政権が倒れるかもしれない。そうなれば、国民党が倒すのでなくとも、将軍の夢は半ば以上実現したことになる。
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