基本的には昨日書いた通り「存在感を消して隅っこで静かに過ご」した感じだ。
集まりの悪さやドタキャン等が、あの高校らしさだと思えた。
しかし、あの高校で幹事をやるのも大変だ。
予想してはいたが、顔見知りは少なかった。
友人関係は狭く深くをモットーに、究極の人見知りとして生きて来た俺には辛い所ではある。
それでもニ、三の友人、知人とは再会出来た。
見た目としては皆一様に高校の頃と同じで若々しく見えた。
相変わらず事業の立ち上げに勤しむ者、闘病生活を続けている者、進路に悩んでいる者。
数年の歳月が流れても、時がそう在る可き通りに流れていると感じられた。
それは均整の取れた軸線上にある何かを見る様だった。
その時、メディア委員会で一緒に活動していた娘がニ年程前に亡くなったのを聞かされた。
不謹慎にも、父親が亡くなった時には喜んだ俺ではあるが、今回の訃報には並々ならぬショックを受けた。
在り来りかも知れないが、もっとじっくり話しておけば良かった等と思ってしまう。
誰彼構わず人間が亡くなるから哀しむのでは無く、誰かが亡くなるから哀しむのだと思った。
18時迄の予定が退散するタイミングを失って終電間際迄居座ってしまった。
しきりに酒を勧められるも、頭の前に内臓が逝く俺である。
酔う程には呑めなかった。
現在の生徒会に点いて不完全ではあるが、話しを聞く機会に恵まれた。
昔は善きにつけ悪しきにつけ、生徒主体を売りにしていた筈が、この10年で母校の考え方も変わってしまった様で、画一的な思想と教育を押し付ける場と成り果ててしまっているみたいだ。
これが公立高校の限界であると言ってしまえばそれ迄だが、母校の存在意義すらも揺らいでしまっているのは残念だ。
何時からだったか、或いは生まれながらにしてだろうか、集団の輪の中に入って行けない自分が居る。
高校時代にはまだ有り余る情熱と主体性を持ち合わせていたので、ある程度、人の集まる場でも普通にしていられたと思うが、それがよる年波を経て客観性へとシフトするに到って、アノマリーだらけの母校の人間で構成される集団はもとより、いかなる集団に於いても常に異分子で有り続けるという特性を得た様だ。
そういえば、客観性が不図した瞬間に表へ出る事がある。
世間の認識では「鶴の一声」とか、「毒づく」とか呼ばれているやつだ。
別に他意は無いが、相手は女性だ。
悪意と取られた事だろう。
初対面だというのに悪い事をした。
夢に向かっていたり、悩んでいたり、病気と闘っていたり、或いは和気あいあいと騒いでいたり、何れにしても、あそこに集まった俺以外の全ての人達は「今を生きている」のだと感じた。
俺はといえば、今でも無く、過去でも無く、未来でも無い。
唯ひたすらに老いを感じる。
活力の減退だ。
それにしても我ながら文章力が落ちたと思う。
※この日記本文とコメントの内容に他意は無い。
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