カンヌで批評家週間グランプリを取ったアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの作品。
3つの物語を巧みに繋げているが、中途半端に終わるストーリーもある。
「21g」よりは分かり易い構成だ。
殺し屋のエル・チーボが聖書の話をする。
監督が信心深い為だろう。
分かり易い話だ。
今日は散髪に行った。
そろそろ髪が延びてきたからな。
家に着くとドア・ポストに何か挟まっているのが目に付いた。
取り出してみると警察からのメモだった。
父親が死んだらしい。
父親と別居してから3年弱、元々死んだものとして考えていた。
メモに電話番号があった。
物騒な世の中だから、本当に警察の番号かPCで確かめてみた。
どうやら電話番号は合っているらしい。
メモは母に宛てたものだ。
洗濯物を畳みながら電話するべきかどうか考えている矢先、電話が鳴った。
案の定、警察からだった。
死んだ経緯は伏せられたまま、母の職場の電話番号を聞かれた。
身許確認を頼みたいらしい。
母の職場の番号は警察と同様、俺も知らない。
電話を切ってから番号を調べて母に連絡した。
警察に電話した母から折り返し連絡があった。
事件性は無いらしいと告げられる。
帰宅した母は父親の家族に連絡を取った。
俺を呼び出した母は、どうやら泣いていたらしい。
俺は笑っていた。
死んだ後まで迷惑をかけるとは・・・、滑稽だ。
憎らしさと相俟って俺は笑った。
死ぬ事でしか自己を証明出来なかった父親の悲しみだ。
母が帰って来るまで、死について考えてみた。
具体的なカタチは何も思い浮かばない。
暗闇が見える。
だが、一度死にかけた俺だ(実際には一度物理的に死んだ可能性がある)。
父親が何処に行ったかは良く解っている。
俺が見た暗闇の向こうだ。
※この日記本文とコメントの内容に他意は無い。
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