フランシス・F・コッポラ監督の作品。
ドラキュラ伯爵が亡き妻に生き写しの女性と出会う話だ。
映像の工夫が凄い。
「奥方は自ら命を断った
その霊は救われぬ」
ショーペンハウアーの「自殺について」に寄れば教会が自殺を禁じたのは農奴が死ねば税金が取れなくなる為との事だ。
「ドラキュラ」の話を初めて真面目に観たが、吸血鬼ってキリスト教の死と復活のメタファーなんだろうな。
「血は生ける者の命の元、命を我が体内に!」
これは明確に「旧約聖書」で禁じられている。
血には命が宿っており、神聖なものだから人間が食物にして良いものでは無く、神に捧げられるものだ、と。
怪しさ満点の城だな。
「君は宿命を信じるか?
時間という絶対的な力さえ或る目的の為には変え得るという事を
この世の最高の幸せは、真の愛に出会うという事だ」
今の俺には良く分からない台詞だ。
先ず、宿命を信じているかさえ疑わしい。
というのも、40年生きているが、未だ嘗て宿命を感じた事が無い。
そして、この世の最高の幸せに付いても、それが何なのか、今は迷っている。
昔は伴侶を見付ける事だった。
それは間違い無い。
だが、このまま人生を進めて行くと、恐らく結婚は無理だ。
俺は「神」が俺に「何を望まれているのか」を計りかねている。
俺は、結婚の夢を抱き続ける可きなのか、それとも諦める可きなのか、それが分からない。
というのも、俺は「臨死体験」で「神」に会った。
その時、俺に「神」は「何か思い残した事は無いか?」と聞かれた。
俺が「有る」と答えた瞬間に命を吹き返した。
この点に今迄着目していなかったが、「神」はその時俺に「何も言っていない」。
詰まり、俺が夢を抱き続けるか、それを捨てるかは俺の自由な筈だ。
このまま伴侶に出会え無ければそれはそれで良いのかも知れない、と最近では思い始めている。
というのも、「世間での評価」こそ未だ無いが、預言者としては十分に成功している部類に入るからだ。
300件以上の預言を成就させた預言者等「旧約聖書」の時代から数えても例が無い。
俺は結婚の夢を放棄し、このまま預言者として生きて、人生を「神」と人類に捧げた方が「神」も喜ばれるのでは無いかと時々思う訳だ。
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