mixiユーザー(id:20797417)

2026年06月05日22:12

13 view

罪と罰 白夜のラスコーリニコフ

フィンランド映画。
アキ・カウリスマキ監督の作品。

恋人の敵討ちの為に人を殺した男の話だ。

「敵も友人もいない男でした」
俺には親友と呼べる友が居るし、恐らく敵も居る。
余りにもズケズケと心情を吐露するので「気に食わん」と思っている人も居るだろうが、其れ等に構っていられる程余裕は無い。
何せ、もう40代だ。
後何年生きられるかも分からない状況だ。
其れ迄に「後何件の戦争や国際問題の解決に寄与出来るか?」の方が重要だし、其の為に一日の大半をニュースとTwitterのチェックに使っている位だ。
今日も37.9℃の発熱の中、作業していた。
そろそろ睡眠導入剤が効いて来て頭がクラクラする。
此の日記を書き上げたら横になろう。

「奴はクズだった」
「殺人は殺人よ」
俺の知っいる人間の中には(俺の考えが正しければ)証拠を残さず何100件の事件やテロに関与した人物(或いは「悪魔」の類)が居る。
其れは紛れも無く「クズ」だ。
だが、俺は直接手を下そうとは思わ無い。
もし、其れが「悪魔」では無く、本当に此の世界に居る「人間」の仕業だとしたら、恐らく諜報機関が黙っていない。
超法規的措置の対象になっている可能性すら有る。
だから、俺は自分に出来る事をやりながら「正義が成される」のを待つだけだ。

「事の真相は奴らが
考えてるほど単純じゃない」
俺が「巻き込まれた」或いは「巻き込まれたと思っている」事の真相もそう単純じゃあ無い。
死ぬ時が来たら全ての真相を「神」から聞きたいと思っている。

「良心の咎める奴や、被害者を哀れむ奴は
苦しめばいい
それが罰だ」
犯人に人間らしい情が備わっているので有れば、其れは最大の罰だ。
だが、人を人とも思わずに身勝手な理由で殺しをやる様な奴には恐らく其の様な感情は無いだろう。

「自分の人生を生きろ
どうせ死ぬんだ」
俺は良く「郵便屋だった頃の夢」を見る。
あの会社は俺に合っていたと思う。
其処に戻れ無いのは残念だが、今は今で俺にしか出来ない「やらなければならない事」が有る。
好き勝手に「預言」をしている訳では無い(正直、今迄俺に取って一文の値打ちにもなっていない)。
何時も、対象に取って「どうすれば双方に取って最大限Win-Winになるか」と「どうするのが正しいか」を前提に置いて、直感的な(恐らく教会は聖霊の導きとか執り成しとか言うんだろうが)閃きを大切にしている。
但し、俺の場合、左側(思想の右左の事では無い)から来る思考の流れは無視する事にしている。
「悪魔」というものが真に存在するかどうかに付いては俺の現在の知識だけでは判断出来ないが、もし「悪魔」というものが本当に居るとしたら、左側から来る思考は「悪魔」が囁いているとしか言え無い。
何故なら、事件や事故、人が不幸になる出来事を目にした時、決まって左側が俺を笑わそうとして来るからだ(人の不幸を喜ばそうとする存在が「神」や人類の味方な訳が無い)。
他人の思考がどの程度自身の内面を掘り下げて見ているのか?
ニーチェが言った「深淵が覗き返して来る」所迄突き詰めているものなのか、或いは「今日何食べよう」だとか「明日は休みだから午前中一杯寝てよう」だとかの下らない事しか考えていないものなのかは分からないが、俺は郵便屋時代、配達中も常に哲学的な事を考え続けていた。
だから「深淵に覗き返された」のかも知れない。

「俺が殺したかったのは
「道理」だ」
俺が守りたいと思っているものの一つは「道理」だ。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年06月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    

最近の日記

もっと見る