ハンガリー映画。
タル・ベーラ監督の作品。
ミュージシャンの話だ。
「男という生き物は
1人でも生きていける
女なんか必要ない」
もし本当に女が男に必要無いのなら「神」は女を造らなかっただろう。
「創世記」に「男を手助けする為に「神」が女を造った」とはっきり書いてある。
詰まり、男女が結ばれて結婚する事は、至極真っ当な事だ。
「ヴィヨンを知ってるか?
苦労の多い詩人だった
社会を批判しる詩を残したが
結局、何も変わらなかった
死ぬまで貧困に苦しんだんだ」
年金が年何%ずつかでも上がってくれれば何時かは生活に余裕が出来るかも知れないが、後は宝くじが高額当選するのを待つだけだ。
今から10年以上前超能力者か宇宙人か統合失調症か、それは定かでは無いが「社会が良くなれば俺にも良い報いが有る。必要な報酬も用意するし、結婚も出来る」と言って来た奴等がいる。
所が、最近になって「報酬を用意出来無いかも知れない」と言って来ている。
馬鹿にしているのか?
ふざけるな!という話だ。
預言者になって14年目に突入するが、それを全部タダ働きにしろ等と、どの口が言うのか!
此れが統合失調症の幻覚で無かった場合、俺を騙せても「神」は心の中を見通されるので、全て御存知だ。
どうか「神」がそいつ等と俺の間を公平に裁いてくださいます様に!
俺は「ヨブ」の様に自分が正しいと信じて報いを受け取れる日を待つだけだ。
「人生には
選択が必要なときがある
大勢の中から・・・」
「君は正しい」
「誰か1人を
選らばなきゃいけない」
選べる身分で有る事が羨ましい。
俺も告白された事が人生に於いて一度だけ有るが、俺が相手を好きになる前に相手から愛想を尽かされたのか、脈無しと思われたのかは分からないが、相手の方から離れて行った。
今思えばもっと真剣に向き合えば良かったと思う。
「誰だって好きに生きたい」
俺の人生は幼い頃に思い描いていたのとは大分違う。
一度はサラリーマンにもなれたが、病気(統合失調症か超能力者が送ってくるテレパシーの所為か、宇宙人の所為か悪魔の所為か)が重くなり辞めざるを得なくなった。
それは自主的な判断というより「引き摺り下ろされた」と言った方が上手い説明だと思う。
その時「これよりも俺に取って好条件な職場は無いから、もしこの職場を辞めた場合はもう再就職はしない」と決めた。
それに今は母親の介助も有るから働くのは無理だし、もしこのまま報酬も受け取れず、結婚相手も現れず母親が死んだら俺も多分生きてはいない。
その時には「神」が直接俺を止めない限り、俺が非業の死を迎える事になった原因を作った奴等に対して正義の為に祟りを起こすと思う。
「欲しいものがあれば
人は頑張れる」
俺もずっと頑張って来た。
表向きは障害者として働き、裏では預言者として世の中を良くしようと頑張った。
表の仕事は何年か前に(既に書いた事情で)辞めたが、預言者としては今も「神」と人類の為に貢献している。
その本当の俺を見付けてくれる女性を今も待っているのかも知れない。
俺には金銭的にも実生活上の点でも生活能力が無い。
だからその辺りの事を分かってくれる女性を今も待ち続けている。
この監督の作品は今迄に何作か観ているが、カラーは初めてだ。
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