是枝裕和監督の作品。
無差別大量殺人事件の加害者の親族が集まる話だ。
久し振りにたこ焼きが食べたい。
俺は生まれてこの方サングラスをした事が無い。
色の付いたフィルター越しに世界を見る事に違和感を覚える。
間取りのLDKが何の事だか分からなかったので、以前ネットで調べた事が有る。
K*は確かキッチンの事だった気がするが、2Kという事はキッチンが2つも有るのか?
甲子園の土の話は「奇跡」にも出て来たネタだ。
山で死んだ人の遺体は誰が見付けるんだろうか?
森林検査官みたいなのが、山歩きをして見付けるのか?
「もうね、もうね、やっぱ、持つべきものは家族だね、うん」
俺はその「家族」を持ちたいと思い続けて来たんだがな。
宗教団体が関係している事件という事で、オウム真理教の影響を受けていたんだろうな。
「多分そこで、そういう修行やれば絶対分かるって、自分の中にもあるって、真理が」
そんな修行しなくても「自分の中に真理が有る」のは最初から分かっている。
尤も、それは俺が若い頃から聖書や哲学書や映画に親しんで真理を探究する事に多くの時間を費やして来たからかも知れんが。
アル・ゴアが「不都合な真実2」で言っているみたいに「感覚的に(その時々の決断の)何が正しいか」分かっている(だから、守備範囲の問題の解決法は感覚的に直感で分かる)。
若者がファッションや車の話に時間を費やしていた時、俺は書物と映画に時間を掛けていた。
だから車の車種やファッション用語には疎く、皆目見当も付かない(例えば、ポロシャツやジャケット等の比較的メジャーな服装を具体的に定義する事も出来ないし、車で言えば四駆と普通車の違いすら俺には分からない)。
だから、何時も親が買って来た同じ様な服装をしている。
「魂は健全な体に宿るっつうから、ちょっと兄ちゃんも運動したら」
これは違う。
正確には「健全な体に健全な魂が宿ったならば」だ。
「宿る」のでは無く「(もし)宿ったならば」の間違いだと昔、本で読んだ。
それに現代人が良く間違うのは「果たして」の使い方だ。
「果たして」は「果たしてどうなるのだろうか?」という「疑問系」に使われる言葉では無く「果たしてこうなった。」という様な確定系で使われる言葉だ。
悪い教団に洗脳された人はこんな風になるんだな。
宗教にのめり込むと他人を見下す人間になるのかも知れない。
俺は「神」という存在が在る中で「救い」が無ければならないと常々思ってはいる。
バランスを崩して精神疾患にはなったが、それでも現実は見えている積もりだ。
精神疾患は預言者を名乗ったり神の話をしたからでは無い。
それは予知夢が有ったり組織犯罪に巻き込まれていると誤認した為だ(予知夢に関してだが、今振り返ってみれば、そんなに当たっていなかったのでは無いかと思う。例えば、刃物が出て来る夢を見たとする。でも世界中で、或いは日本中で刃物が絡む事件は一定期間に一定数起こっている訳で・・・。それを考えてみると「当たっていたのも有る」とは思うが的中率自体はそんなに高く無かったのでは無いかと思う(只、此処で「全て外れていた」としなかったのは例えば、俺が休職中だった頃の当時の同僚が事故で骨折した夢を見て、後日職場に復帰した時に確認したら、本当に骨折していた、という事例も有るからだ)。)。
預言者としては殆ど何時も必死だった。
人類が第三次世界大戦で滅ぶか、環境破壊で滅ぶかという切羽詰まった状況だった事も有り、人類を成る可く長く、出来れば永遠に絶滅させ無い方法は無いか?と何時も世界の状況に対する善後策を考えて頭を悩ませていた。
正直、コップの水で山火事を消している気分になった事は何度も有る。
人類は何て愚かなんだろう、と絶望しそうになる事は度々有ったが、この実さんの元奥さんみたいに恍惚となって他人を見下している暇は無かった。
新興宗教の教祖にならなくて良かったと心底ほっとしている。
俺には宗教団体のリーダー等は勤まらない。
他人をより良く理解しようという事なら広めたいとは思うが、態々宗教団体を立ち上げて広める様な教義等は持ち合わせていないと思う。
他人を思いやる心は、宗教で教え無くても「人として普通持ち合わせていなければならないもの」だと思っている。
以前、体調に不調が有ったら天変地異が起こる事が多い、みたいな事を書いたと思うが、ここ最近は連日腹を壊していた。
昨日は37.0℃の熱も出た。
そうしたら、ミャンマーでの地震だ。
何処でどの様な災害が起こるかは分からないが、親和性は高いと思う。
「でも全部、この世の中が洗い流されて、選ばれた人間が残るべきだというふうに、教義立ててるわけだろ?」
俺はモグリのキリスト教徒だが、この様な選民思想は考えた事も無い。
善人が正しく評価される世界が実現する可きだとは思うし、悪人もそれに伴い法律でキチンと処罰される可きだとは思う。
また、法で裁け無いテレパシー等で悪事を働く者が仮にもし居るとするならば、それは超法規的に排除しなければならないとは思うが、テロや私刑は許されない事だと思っている。
結局、国家が適切に機能している世界なら、人々はそれなりに幸せに暮らして行けるだろうとは考えている。
田辺さんと敦君が結局何だったのか分からない。
そして、勝の周囲だけかなづち率が異常に高い。
単位が足らなくて高校で留年する夢をよく見るが、トラウマになっているんだろうか?
それにしても、本当に体調が悪いな。
何か、疲れっぽくもなった感じだ。
そう言えば、ラップ現象も最近また頻発する様になったな。
日に2、3回と言った所か。
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