フランス映画。
カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞している。
また意味深な作品を観てしまった。
アルジェリア軍とイスラム原理主義者の内紛に巻き込まれて修道院に立て篭もる宗教家達が殺害される話だ。
「銃は持ち込めん。話しがあるなら置いて来てくれ。」
人間というのはつくづく救い様が無い。
この日記に目を通していたのであれば「日常生活に於ける政治的手法の考察について」の文章を一読して、その「弊害」に気付かなかったのかと思えば情けない限りだ。
恐らく、余程後ろめたかったのだろう。
可哀相に。
「人は宗教的信念によって行なう時ほど、徹底的に悪をなすことはない。ここには混乱と暴力がある。」
どちらの立場にしても「狂信的な行為」ほどグロテスクなものは無い。
全く、最後には犯罪にまで手を染め様とは・・・。
「すべてを流す豪雨も、拡大する暴力を消しはしない。二つの対立する勢力が権力争いをしている。極限まで戦い続ける。いつ始まりいつ終わるのか、私はただ務めを果たす。」
不毛な政治活動の収束という観点から、昨日の日記はあの政治情勢としては最良の選択だったと思う。
これ迄の日記の内容からの情報が、そもそも漏洩していたものであるという事実から「それ事態が犯罪行為に該当」する以上、俺が「公式な書面」で許可しない限り「公的な場」に持ち込まれても「法的」には「証拠能力が0」である事を示している。
これにより、集配課長を筆頭とした管理職側が労基署や警視庁等の「公的な場」で即座に「断罪」される事は無くなった。
また一方で集配課長を筆頭とした管理職への反対派にしてみれば、この数ヶ月間に渡る集配課室内に於ける政治活動の全貌が明らかとなった事から「何れにしても犯罪行為」であったという「不文律」である「共通認識」としての「既成事実」を形成する事が可能となったので、これを保持する以上、圧倒的では無いまでも「政治的に優位な立場」を取る事が可能となった。
結果「双方に利益の在る」または「双方に損害の無い」一致点が出来た事になる。
集配課室内の人間達に「この一致点」を見出すだけの「政治的手腕」が有れば、この不毛な争いにも終止符が打たれるだろう。
勿論、俺は観ているだけにさせて貰う予定だ。
何よりも政治は不毛だからだ。
今日は雨の良く降る日だった。
雨具は着ていたが、長時間の配達だと意味は無い。
作業着が濡れたので洗濯する事にした。
明日は夜勤だ。
※この日記本文とコメントの内容に他意は無い。
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