人間は考える葦である
今日は仕事の帰りに駆け込み寺
http://nippon-kakekomidera.jp/report/entry16.htmlのお手伝い(お留守番)をしてきました。
昨年末から始まった、駆け込み寺の時間延長(夜10時までの受付)、年末年始は沢山のお手伝いが来てくれていましたが、昨日のお手伝いは誰もいなかったという事だったので、これからしばらくの間は、特別な予定がない限り、毎週水曜日の夜は駆け込み寺のお手伝いに行こうと思います。
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのだろう?
と疑問が、ふと頭に浮かびました。
たぶん、そういう解釈はあまりされていないかも知れませんが、僕はこう考えました。
人間も葦(植物)も動物もすべて同じ生き物
その中で、たまたま人間は考えるという事が出来るようになっていた
だからと言って人間だけが特別偉い訳ではなく、人間も葦も動物もみんな同じ
だから、人間はその事に奢って他の生き物を平気で殺したり下に見たりするのはよくない。
「人間は考える葦である」という言葉は、人間も葦(植物)も動物もすべ同等
人間は、その事を肝に銘じよという教えの言葉なのだと思いました。
何かが出来るのであれば、何かが出来ると言って奢るのではなく
何かが出来るのであれば、その出来る事を役立てるべきなのだと思います。
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