「エクソシスト3」で悪魔に殺される神父が好きだったのが、確かこの作品だ。
有名な作品で、題名はそれ以前から知っていたが、成る程、実に感動的な内容だ。
ただ、残念ながら、この考え方は現代の日本に於いては通用しない。
こうあって欲しいとは望むが、人は中々利己的な生き物だ。
それは高校の時に学んだ。
今日は面白い事があった。
俺は「筋を通す」事と「理屈を通す」事は≒の関係にあるとばかり思っていたが、或る先輩から「お前のは理屈だ。筋を通す事が大切だ。」と言われた。
気になったので帰ってから、早速辞書で引いてみた。
まず、「筋を通す」の意味は「道理を通す」と=の関係にあるのが解った。
次いで「道理」の項目には「物事のそうあるべきすじみち。」、「理屈」の項目を引いてみると「物事のすじみち。」とある。
とすると、「道理」の方がやや理想主義的ではあるものの、やはり「道理」と「理屈」は≒の関係にある事になる。
となると、その先輩は「理屈」と「筋」を本来の意味とは違った、何か別の意味として使っていた事になる。
しかし笑える事に、俺にはその意味が分からないのだ。
勿論予測は出来る。
恐らく「理屈」に知性(理性)を「筋」に心(本能)を当て嵌めて語ったのだろう。
が、面白く思ったのはそこでは無い。
面白かったのは、専門時代に議論した共通認識の問題にこんなところでお目にかかった点だ。
※この日記本文とコメントの内容に他意は無い。
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