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2022年01月31日21:58

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父系制批判としての経済学批判

昨年11月に『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』として出た高橋璃子の日本語訳は2015年の英訳版からで、その英訳の元は2012年にスウェーデン語で刊行された。著者のカトリーン・マルサルはスウェーデン出身で、イギリス在住のジャーナリスト。

アダム・スミス(1723〜1790年)は、イギリス・スコットランド生まれの哲学者、倫理学者、経済学者。主著に倫理学書『道徳感情論』と経済学書『国富論』があり、「経済学の父」と呼ばれる。彼は生涯独身で通し、晩年まで食事の支度も含め彼の身の回りの世話は、長生きした母親がほとんど行っていた。父親は彼が生まれる前に死亡したが、母は生涯再婚しなかった。当時のスコットランドの制度に従って父の遺産の3分の2が息子のアダムに、3分の1が未亡人となった母に分与され、母は息子の財産を頼りに生活したという。
 赤ん坊に3分の2も取られるとはひどい!とも思うが、西洋でも東洋でも遺産は全額跡継ぎの息子が相続する、という社会は珍しくなかったと思う。3分の1でも妻がもらえるだけ、スコットランドはましな方かもしれない。

それはともかく、この本ではアダム・スミスが創始した近代経済学が想定する「経済人=ホモ・エコノミクス」が、料理や炊事洗濯などの家事や、病人やけが人などの看護、老人や障碍者などの介護、一日中・長期にわたる子育てなどを無視ないし軽視して初めて成り立つ、半ばフィクションを前提として構築されてきたことを、さまざまな角度から検討し批判している。ーーその意味でこれは「経済学批判」の書である。

そのことは自ずと、経済学という学問への批判であるだけでなく、それを作り、支えてきた「家から外に出て金を稼ぐ大人の男だけが一人前の完全な人間だ」という、男が、そして女も無意識に前提としてきた世界観・価値観、さらにいえば有史以来の父権的制度、父系制社会の歴史と現実を認識することでもある。

著者はジャーナリストであって、長い間無視ないし軽視されてきたもう一つの半分を組み込んだ新たな経済学体系を提示してはいないが、そうするにはもはや狭い経済学の中にとどまることはできないだろう。




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