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2020年12月25日08:44

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米側から見たロッキード事件

奥山俊宏『秘密解除 ロッキード事件――田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年刊)を読んだ。きっかけは新聞の書評で新刊の春名幹夫『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』のついでに「もう1冊」として挙げられていたこと。古本で入手でき安価なことも一因だった。

著者は調査報道のプロで、朝日新聞編集委員。ロッキード事件をめぐる大量の公文書が秘密解除されたことを受け、ワシントンDCはもとより、同事件に関わった大統領経験者(ニクソン、フォード、カーター)の各地元の大統領公文書館などで関連文書を閲覧している。日米要人などの著書や記事はもとより、生存する関係者へのインタビューにも拠っている。

僕自身の最大の関心は、やはり「田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか」という副題に凝縮されている。田中が対中国や、石油資源をめぐる対アラブで独自の外交政策を取ろうとしたため「アメリカの虎の尾を踏んだ」という日米の一部報道に出た説に、著者自身は否定的である。著者が博捜した公文書等にも、関係者への直接のインタビューでもそうした見解は得られなかったという。

田中角栄を嫌ったアメリカ側当局者の発言の中では、事件当時のニクソン、フォード両大統領の下で大統領補佐官、国務長官を務めたキッシンジャーが特筆される。
 まず田中が首相になって最初のハワイでの日米首脳会談の会場と宿泊場所をめぐって。田中は、自らの盟友・小佐野賢治の所有するホテルで準備が進んでいるからとしてホスト国であるアメリカのプランに対して譲らず、最終的に折衷案が取られた。実際の会談の席では、キッシンジャーが「この話は断じて明らかにしないよう」釘を刺したことを意に介さず、会談直後に記者の前であることないことを話した。現実の外交政策では、日米首脳会談後ただちに日中国交回復に最短距離で邁進し、台湾を非情にも切り捨てた(ただちに国交断絶。アメリカはその6年後だった)。等々。
――キッシンジャーから見た田中角栄は、外交について「イロハも知らない山出しの田吾作」であり、約束を守らない最低の男としか見えなかったのだろう。「これでも日本国のトップなのか?」と軽蔑されたのだ。(以上は引用でなく、僕自身の読んでの印象)

ただむしろキッシンジャーは、田中角栄も含めて政府要人のスキャンダルを暴きたてることを好ましく思っていなかった。
 ロッキード事件が明るみに出るきっかけは、米上院外交委員会の多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)だった。ロッキード社をはじめ米航空機業界では、各国要人に金銭授与などの便宜を図ることがビジネスの慣行となっており、日本の「ロッキード事件」はその一つにすぎない。カネを渡した相手がアラブの王子なら問題にならないことも多いが、日本では「政治家とカネ」は当時も今も大きな問題である。
 そして、当時のアメリカ特有の事情として、「ウォーターゲート事件」があった。大統領だったニクソンは、野党民主党の本部に盗聴器を仕掛けたことやそのもみ消しを図ったことで辞任に追い込まれた。その後の数年間は、国益とのバランス云々よりも、要人であろうと不正を暴くことが何より重要だ――そんな空気がアメリカ全体を覆っていたという。ロッキード疑惑は、そんな空気の中で追及された。その後、空気ないし風向きが変わり、チャーチ委員会は設置から4年で解散された。
 金脈疑惑による田中角栄の首相退陣を受けた、福田赳夫と大平正芳の対立状況から少数派閥の長にすぎない三木武夫が総理大臣となった中で、「ロッキード社から金を受け取った政府高官が誰なのか」国民もメディアも気になって仕方がない状態が続いた。この時、官僚を信用していなかった三木首相は、個人的な友人である平沢和重をキッシンジャーへの密使として送った。平沢はNHKの解説者として有名で、東京オリンピック招致の決め手となったIOCでの演説でも名を残しているが、こうした任務は知られていない。
 平沢(=三木首相)が賄賂を受け取った政府関係者の名前を明かすことを求めたのに対し、キッシンジャー(=フォード政権)はこれに応じなかったが、それでは日本国民の納得は得られないところまで状況が煮詰まっていた中で、両者が出した結論が「米日政府当局はそれを明かさないが、両司法当局間でのみ問題の名前を含む極秘資料をやり取りする」というもの。「その中に田中角栄らの名前が含まれている」ことをキッシンジャーは承知のうえで。つまり、田中が刑事訴追される可能性を認識したうえで。
 その後、東京地検が田中角栄元総理を逮捕、訴追し、田中が有罪判決を受けたことは周知のとおり。「総理大臣でも不正や私利私欲は許されない」――それがあの時代の日本の空気だったろうか。

民間航空機の購入をめぐるロッキード事件は一応の解決を見たが、捜査の過程で浮かんだはるかに大きな問題が司法によっては追及されないままに終わった。その問題については、CIA、児玉誉士夫、岸信介、中曽根康弘らの名前が挙がる。
 アメリカにとって第二次大戦の「最悪の敵」だった児玉誉士夫や、保守党政治家にCIAが資金提供し、児玉は鳩山一郎などの政治家に金を渡して支援していたこと。また、児玉はF104戦闘機の購入でもロッキードから謝礼を受け取っていた。
 戦後にA級戦犯として逮捕されたが、児玉とともに訴追を免れた岸信介は、CIAの資金援助のおかげで総理の座に上り詰めた(少なくともCIAはそう認識している)ことが米側の調査報道で明らかになった。
 著者の奥山氏自身が発掘した秘密解除文書として、ロッキード事件当時の自民党幹事長だった中曽根康弘が、米政府当局に事件を「もみ消す」よう要望した書面がある。

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