出来ない事にも意味がある
昨日は、使われていない多くの脳を部分を使えるようになりたいと言っていた僕ですが、そのように思う一方、脳の多くの部分が使われていない事にもきっと意味があるのだと思います。
今日は用事があり、別の部署に立ち寄ってから、職場に向かいました。
いつもであれば、最寄りの駅から30分近く歩いて出勤していますが、今日は時間が無かった為、バスに乗って出勤しました。
冷房はかかっているし、時間も普段の1/3程の時間で職場に到着する事が出来ました。
バスの利用は、とても楽で便利ですが・・・
僕は、4月から今の職場に勤め、毎朝30分近く歩く事がよい運動になり健康になりました。
毎朝、30分は9月にある旅行業務取扱主任者の試験に向けて、自分の声を録音したICレコーダーの音声を聴きながら歩く事で、とても沢山勉強が出来ました。
便利な事、楽な事、何でも出来るという事は、とてもよい事だと思われるかもしれませんが、それらが初めから出来てしまえば、人としての成長も、喜びもないのではないかと思います。
だから、きっと、出来ない事にも意味があるのだと思います。
今は、自分が今まで出来なかった事が出来るようになる事。
自分には苦手な事ではあるけれど、なんとか出来ている事。
上手く出来なくなってきたけど、色々な工夫でまだまだ出来ている事。
そういう事を楽しんでいます。
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