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2021年07月25日21:55

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ネットで観る映画

この東京オリンピック開催記念連休に、個人的出来事としては、ネットで(古い)映画を見始めた。世の動向からずいぶん遅れているが、A社のネット通販の利用拡大の延長上で、すんなり自然と始まった。安い古本を買うことから始まり、ペットボトルのお茶かミネラルウォーターの箱買い、それが今はもう1年以上、炭酸水をブランドを変えながらケースで買い続けている(水に炭酸ガスが入っているだけなので、味はほぼ同じだが)。最近は食料品のまとめ買いをし、酒やつまみ類なども買い始め、ついに映画もPCかタブレットかスマホで見始めたのがこの週末だった。以前から会員になっていたが、会員は大量の映画が「無料でその場で見られる」から。

観たのは、山中貞雄と川島雄三と今村昌平で計6本。
山中貞雄は1938年、中国戦線で満28歳で戦病死し、日本映画史に鬼才として名を残しているから、未見なのが気になっていた。現在もフィルムが残る3本をネットで観たが(徹夜した翌日、続けて山中の2本目と3本目をベッドで観て寝てしまう不真面目さもあり)、正直どこがいいのか分からず。

川島雄三は半世紀近く前、たぶん『幕末太陽傳』の予告編だけは見たことがあった。最近、川島の本を3冊読み、やはり作品を観ていないことが気になっていた。この『幕末太陽傳』(1956年)と、これに次ぐ代表作とされ、川島自身はそれ以上に好きだという『須崎パラダイス赤信号』(1957年)を観たが、残念ながらどちらも物足りなかった。

この不完全燃焼を解消するために向かったのが今村昌平。今村は川島の助監督を務め、シナリオを共同執筆したりした経験から、川島の映画作家としての才能を認め尊敬する一方で、その批判を公言し、書いている。そんなに言うなら、と。で観たのが『にっぽん昆虫記』(1963年)だった。やはり半世紀近く前に見たかもしれない、と思いつつ。だが、大正7(1918)年に東北の貧しい農村に生まれ、戦後になり娘を実家に置いて東京に働きに出た女性の「性と生」をめぐる、農村と都会の下層の女たちの世界に引き込まれた。これは明らかに、「川島雄三の世界を突き抜けている」と思いながら。そして終盤、田舎から出てきた娘が登場して初めて、「既視感」に襲われた。見終わってますます、昔見たことがある、と思うようになった。
ーーなぜ主演の左幸子の出ている場面では既視感が噴出しなかったのか、自分でも不思議だった。東北の貧しい農家で足入れ婚させられて子供を産み、子供を引き取って義父と住む実家で育て、その義父と近親姦的な関係にあり、東京の工場で組合活動を手伝った上司の男に捨てられ、米兵と日本妻の家で家政婦になり、事故でその夫妻の娘を死なせ、そのことに悩んで新興宗教に走り、そこで売春宿を営むやりて婆と知り合って働くようになり、客の中小企業の社長の妾になり、ついに彼女を追放して自分が経営者になり…といった主人公の女性の世界は、まだ20歳そこそこの青二才のガキには強烈すぎて、意識の下に抑圧されていたのではないか。そんな気がしている。
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