とは生涯に261本の劇場映画を監督・製作したマキノ雅弘の信念とされる。業界用語で「一スジ、二ヌケ、三ドウサ」、つまりストーリーが第一、次が映像、最後が俳優だと。監督が抜けているのは、監督の目から見た三要素だからという。
1934年生まれの映画プロデューサー、日下部吾郎著『健さんと文太 映画プロデューサーの仕事論』による。著者の手がけた代表作に、仁義なき戦い、極道の妻たち、楢山節考、柳生一族の陰謀、などがあり、自身も脚本が最重要と考えている。
表題の二大スターについては、菅原文太についてこそ過不足なく俳優としての文太をつかんでいると思うが、高倉健については、東映時代はともかく彼が東映をやめ、日本を代表する映画スターに成長していった時代には付き合いがなくなったためか、なぜどのようにそうなったのか、追求が物足りない気がする。
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