タロットという占い手段がある。真面目に手法を覚えようとタロット占いの教科書を読んでいたのだが、専門用語がたくさん出現するのだ。教科書なのだから解説があるのは当然で、一般的な読書とは違って面白い表現などはない。教本とは、そんなもんなのだ。
教養書というほどでもなく、歴史の解説で現代の用語に合わせて表現していることはよくある。江戸時代の平賀源内くんも、現代でならイノベーターということだろう。不幸なのは先進的すぎたことで、理解できるような人物はごく少数にとどまるのは仕方ない。
文房具屋へ行けば、スクラップブックが必ず売っている。B4やA4などいろいろなサイズがあるのは当然で、前後左右を正確に貼り付けられるように目印まで着いたものまであるのには驚いた。メーカーだって売れるとなれば、新しいタイプを発売するのは当然だ。
コピー費が高額だった時代、とある通信教育機関では面白いことを述べていた。質問を送るのなら、用紙の下にカーボン紙をしいてコピーを取っておけという。コピー機械など持っていない一般人にとっては便利な方法で、文房具屋でカーボン紙を買ったものだ。
ノーベル賞を受賞するような人たちでも、ふと頭に浮かんだことがヒントになったりする。「アイデアのつくり方」なる本には、一般人が考えに考え抜いてひらめきを得る方法が載っていた。「ユーレカ!」の瞬間とは、そう簡単に訪れるものではないのだろう。
このところChatGPTのバージョンアップ、作られた文章や画像への対策を毎日のように目にする。ある人のメルマガを読んでいたら、有料版だと月額使用料がなんと10万円以上もするタイプがリリースされるらしい。個人では、とても所有できるものではない。 機
新聞テレビでは、悪徳ホストクラブがときどき記事になる。同じように悪徳スナックもだ。これでは気軽に酒を飲みにも行けなくなる。普通人は「いつもの店」という気ごころを知っている飲み屋へ行くわけで、安心できる飲み屋をどうやって見つけるのだろう。
プロ野球選手で引退したイチローくんのことが、たまに新聞などで話題になる。ピッチングマシンで打撃練習をしている時、たまにボール球が来ると、普通の選手は見逃すらしい。でも、イチローくんはくらいついていったという。ムダな練習などなかったのだ。
朝の一杯のコーヒーが体を目覚めさせ、心のモヤモヤも解消してくれる。人によって好き嫌いはあるから、コーヒーが苦手な人もいるのは当然だ。豆をひいて入れるレギュラーコーヒーは朝の一杯だけで、以降はインスタントコーヒーがメインとなるは仕方がない。
映画だったかテレビだったのか。もっと昔のDVDやビデオだったかは忘れた。「オペラ座の怪人」を観たのは、そんな昔のことだったが、今でも劇団四季の演目となっている。ストーリーはWikiediaにも掲載されているので、知らない人は検索してみればよい。 夜
筆記具といえば、何を思い浮かべる? パソコンやスマホが主流となってはいてもボールペンやシャープペンのほか、万年筆、筆なども使う。時代の変遷とともに筆記具も変化してきているのだ。ただ、それらを持ち歩きするために、ペンケースだって必要になる。
産経新聞で紹介されていたので、脳科科学者の「デジタル脳クライシス」という本を入手した。なんと出版社は朝日新聞ではないか……。細かいことはともかく、デジタル全盛時代においては、キーボードよりも手書きの方が記憶の定着によろしいという内容だ。
「わかっちゃいるけど やめられない」というのは、誰もが持っている気分だ。続けるためには気力も必要だろう。だだし、どうすれば良いのかわからないから困る。どんな目標を立てたところで、気分的な問題を解決するには、誰にアドバイスを受けねばならない。
学生時代、哲学部の学生に「哲学部って何をしているの?」と聞いた他の大学の学生がいた。ふ〜んと考えていたが、「哲学している」と答えたという。この話を聞いてガハハハと笑ったわけだが、哲学とは、このように捉えどころのない学問分野のように思える。
研究者や漁師であっても深海ともなれば、なかなか新種の魚類などの海洋生物に出会うことは少ないだろう。ジュール・ヴェルヌくんのSF小説「海底二万里」はじめ、数あるパニック映画でも舞台になりやすいのは、過去の時代から海の中は未知の世界なのだ。 面
街の小さな文房具屋へ行っても、必ず売っているのが「京大式カード」。カードの使い方を調べてみると、30〜40ほどのサイトに一つあるかどうか。「もっと調べる技術」なんて本に書いてあったが、考えられるいくつかのキーワードを入力してみるに限るのだ。
ウイスキー工場を見学で訪れれば、見学した後には一杯のウイスキーが飲める。ただし、難点もたくさんのが相場だ。ウイスキー工場は山深いところにあるので、往復の足の確保に苦労するし、おみやげ用ウイスキーは高額なものばかり。簡単には行かぬのが世の中
趣味ではあってもスポーツを実行しているなら、それなりの体型にはなってくる。陸上競技なら、大きく分ければ「トラック競技」「フィールド競技」「混成競技」になるだろう。それぞれの競技を実行しているのなら、各競技特有の体型になってくることは当然だ
本を読む場合、学者などはポイントとなる部分だけ目を通すらしい。そうでなければ、研究室や自宅に保管している大量の本などは読めないだろう。聞くところでは、必要な部分だけを参考にするという。一般人はノンビリしたものだから、最初から最後まで読む。
新しいアイデアが思い浮かばないとき、他人などに求めたりすることもあるだろう。そう簡単に創造的な案など出てくるわけがなく、昔からアイデアの出し方などが本にもなっている。突飛でもない新案を出せば、他人様から「アホ〜」といわれるのがオチなのだ。
スポーツトレーニングといえば、過去からさまざまなトレーニング方法がある。世界大会やオリンピックで優勝したともなると、そのトレーニング方法が一気に広まるのは世の常だ。もっとも聞いたところで、普通レベルの人たちには真似できるはずもないけどね。
新年ともなれば、いまだに「おせち料理」なるものが主流のようだ。従来の伝統に流され続けていては、新しい文化など生み出せるわけがない。岡本太郎くんのように、とんがっいて世間も納得するような人ならともかく、社会の底辺で生きる人物にはつらいもの。
昔から「一年の計は元旦にあり」などという。バカを言うな。「思い立ったが吉日」なのだ。ただし、それには条件がある。「小さく始めて大きく育てる」ということ。きちんとした計画を立てることが必要になるけど、とにかく面倒で計画倒れという言葉通り。