始(はじめ)に言葉(ことば)ありき
昨日は沢山の時間、今日は少しの時間ですが、友達の整体をさせて頂きました。
僕は整体をしながら(整体の前後の時間も)、整体を受けに来てくれた人と、色々なお話をさせて頂いています。そして、その話の中から沢山の事を学ばせて頂いています。
また、整体を受けに来て頂いた人に色々な話をして頂く事で、特にその人の興味のあるものや、その人の将来の夢について話をして頂く事で、その人の体から元気が溢れ、そのエネルギーでその人の体がどんどん整っていく感覚も持っています。
昨日の友達との会話のながれで、色々な音の話しになりました。
音や振動が、色々な形(昆虫や人間の骨格の形など)を形どるという話しをお聞きしました。
※音を直接目で見ることはできませんが、砂や水を様々な周波数 の音で震わすと、驚くほど美しい幾何学的な模様が現れます
そして、新約聖書の中に書かれている「始(はじ)めに言葉(ことば)ありき」という言葉が書かれているという話しになりました。
宗教上の解釈で言えば、言葉=神とされているようですが、僕は、昨日この言葉を聞いた時、それは、その言葉通り受け取ってもいいのではないかと思いました。
つまり、この世の中にはまず、言葉が出来て、その後、色々な言葉の響きが、色々な生き物を生み出していった。だから、人は言葉で体が整えられるのだと・・・
言葉は、人を傷つけ、人を癒す、言葉の力を改めて考える言葉でした。
※《新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章から》創世は神の言葉(ロゴス)からはじまった。言葉はすなわち神であり、この世界の根源として神が存在するという意。(コトバンクからの引用)
いつも沢山の人と出会い、沢山の言葉と触れる事が出来ている事に感謝しています。
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