生老病死/歌舞伎町の地蔵庵
今日は歌舞伎町にある大久保病院の耳鼻咽喉科で診断を受けてきました。
眩暈の原因には、脳からくるものと、耳からくるものがあるそうです。
最終的な結論は、明日のMRIの検査の結果を見てからになりますが、今回の眩暈はほぼ耳から来たもので間違いないようです。
病名は、メニエール病の可能性も捨てきれませんが、今の時点では、内耳性眩暈というところのようです。
今もフェリーを降りた後のようなふわふわ感は多少(本当に気のせいかと思うぐらいの多少)感じられるものの、日常の生活には特に問題はありません。お医者さんにも、日常生活がリハビリになると言われています。
駆け込み寺では、先週から毎週水曜日の夜、僧侶の資格のあるスタッフのこうじさんから、仏教の話しをきく仏教の勉強会(地蔵庵的な催し?)が行われています。
http://ameblo.jp/npo-kake/entry-11002527566.html
これは、仏教の布教を目的とするものではなく、仏教の意味するもの、仏教の教えをわかりやすく話をするというものです。
先週も仏教を生業としている本職のお坊さんからは、決して聞く事の出来ないであろう話、ああ、そういう事かと納得出来る話しが沢山聞けました。
前回の話しは、お釈迦様について、今回の話しはお地蔵さんについてでした。
(前回の参加者は3人、今回の参加者は5人いました)
前回の話しの中で、お釈迦様が4つの門を出て経験した「生老病死」(人生の最大の問題は生老病死)の話しがありました。その話を聞きながら、(生老病死の解釈にも色々あると思いますが、僕の解釈した中での生老病死の中で)僕に欠けている経験は「病」だけかな?と思っていたら、週末に「病」の経験をする事が出来ました。
僕には信仰している宗教がある訳ではありませんが・・・
今までの経験から、本当の教えや学びというのは、特別な修行や勉強をして得るものではなく、日常の生活や経験の中にあるものだと思っています。
そして自分が経験する多くの事の中には色々な意味があるとも、もしそれに本当は意味がなかったとしても、意味があると考える事で意味が出来てくるものだと思っています。
なので、今回の出来事も自分の中で意味のある出来事としてとらえていきたいと(そんなに深く考えている訳ではありませんが)思っています。
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