承認する事、承認してもらう事
最近(昔からですが、最近は特に)色々な事をよく考えます。考えても答えの出ない事も沢山ありますが、その答えがふとした瞬間にわかる事があります。その答えのヒントは、人との会話の中にあったり、たまたま見ていたテレビの中にあったり、読んでいる本の中にあったりします。
きっと、深く疑問に思った問題は、自分では気にしなくなったつもりでいても、どこかで常にその答えを求めているから、そのヒントとなるモノをどこかで常に探しているのだと思います。最近、その答えが早朝というより夢の中で「ああ、そういう事だったんだ」と気づく事が多いです。
週に1回のペースで参加している駆け込み寺の電話相談員は、仕事でも、自己の成長の為でも、自分の学びの為にでもなく、ただ自分にも出来る事(誰かの力になれる事)があるならと思ってさせて頂いているものですが、結果としては自分の為になっている事(勉強になる事、考えさせられる事。相談者の問題の解決が自分自身の問題の解決になっている事)ばかりです。
その中で、最近までどうしてもわからない事がありました。それは、相談者の電話をかけてきた時と電話を切る時の声の元気が全く違う、電話を切る頃には皆がとても元気になっているという事実です。
僕がしている事は、「ただ一生懸命に相談者の話を聞く事」「話の内容がよくわからない時はわかるまで確認する事」「わからないことはわかったふりをしないでわからないと答える事」「自分の考えも自分の言葉で伝える事」「本当に頑張っていると思う人には頑張ってきたのですねという声をかける事」くらいです。特別な手法やテクニックなど使っている訳でもありません。
だから、きっと
人はきっと、誰かに認めてもらうという事が必要なのだと思います。そして認めてもらいたいのだと思います。人は誰かに認めてもらって安心出来るのだと思います。自分では正しいと思ってやっている事であっても、中々結果が出ない、回りにいる人が誰も認めてくれない、それどころか否定される。そんな時、人はとても元気を無くすのだと思います。
僕が自分の考えをブログに書き。そのブログを読んでもらったり、コメントしてもらって元気になれるのも、その事で僕も認めてもらっているのだと感じているからなのだと思います。
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