2022.3.29(火)
おはようございます。まずは朝食をいただきます。
朝はレストランでいただきました。おいしかったですけどね、お粥がないのよ…。
十六穀ごはんにしましたが、ごはんの友的なおかずが多かったので白米にしとけば
よかったかな…。
今日の予定はまずイルカウォッチング。南島原方面に向けて出発です。
でも…その前にどうしても行ってみたい所があったので、走行中に急遽予定変更。
ちょっと遠回りになっちゃったけれど、ナビを再設定しなおして目的地に向かいます。
それは雲仙普賢岳。平成2年の噴火で多くの人が犠牲になった現場です。
昨日の宿泊地、雲仙温泉の真裏に当たる場所なのでその様を見ることはできず、
一度は見ておきたいと思ったのでありました。、
イルカウオッチングの予約時間にはまだまだ余裕があったので、無理言って
寄ってもらいましたが、よくよく考えてみると、そんな早くに着いて何するつもり
だったんだろう…謎。
山間部を抜け海沿いの国道を走っていると、その姿が見えてきました。
噴火の際積もった溶岩ドームが崩れたのが火砕流の原因だそうですが、そのドームは
それまで長崎一高い山だった普賢岳を超え「平成新山」という名になったそうです。
写真はだいぶ手前で撮りました。もう少し足を伸ばせば記念館や記念公園とかも
ありますが、ぃゃ…もういいです。胸が苦しくなりました。見たいだけで軽々しく
行く場所ではないですね。遠くから手を合わせておきました。
Uターンして南下しましたが、途中で「原城跡」の看板が見えたので立ち寄りました。
最寄りの駐車場の位置がわからず、そのまま行けそうだったので車に乗ったまま
進んで行きました。
ここは「島原の乱」の決戦の地。私の中では「変」は歴史を変え「乱」は失敗と
受け止めています。この乱も多くの犠牲者を出しましたが、その後極悪藩主は記録に
残るただ1人の斬首刑。ざまあみろです。しかしこれがきっかけとなり鎖国が
始まったり…。農民達の無念が晴らされた訳ではないけれど、歴史に残るという
意味では失敗ではないと思いたい。あくまで私の持論ですが。
観光客がいなかったので路肩に車を停めて写真とか撮れましたが、長居はできず
滞在時間5分で原城跡をあとにしました。
ログインしてコメントを確認・投稿する