「赤池」の交差点を右折すると精進湖。
さっきの西湖で立派な看板を撮ったのでこにもあるはずだ、と
探しながら走行。湖の中間地点にホテルや旅館、駐車場のある広いスペースが
あったので「ここにありそうやよ」と話しかけたが停める気配がない。
ビューポイントを探しているはずなのに、なんで通り過ぎるかなぁ。。
そのうち建物もなくなり道幅も狭くなってきた。
ここで何を思ったか、道から湖畔の水辺へと降りる道に入っていった。
むき出しの岩肌に車体の底をガン!とこするような道…。なんでここ…。
そこは無料の自由キャンプ場。キャンパーが数台停まっていた。
一応水道設備はあったので間違いなくキャンプ場のようだ。
もちろん目当ての看板などあるはずもない。仕方なくそこで写真を撮った。
戻ってからクグってみると、やはり私が「ここじゃね?」と言った所の
水辺に立派な看板が建っていた。ほれみたことか…(〃 ̄ △ ̄〃)ヤレヤレ。。
話は変わるが…そこを通り過ぎる時、私は見た。
道路脇に建っている「上九一色村」と掘られた石碑を。
私のコンタクトレンズは手元の文字はまったく見えないが、遠くは見える仕様。
一瞬のことだったがはっきり見えた。
かの宗教団体のせいで国中に名が知れ渡った村。
現在もうその名の村はない。市町村合併によって南北2つに分断された時点で
その名は消滅してしまった。公共施設などはその名を残しているようだが。
その範囲は広く、サティアンのあった所はここよりずっと南方にあるが、
その名のせいで迷惑を被ったであろうと推測。
その名がなくなるから碑を建てたのかと思いきや、それよりずっと以前に
建てられているようなので関係性はなさそうだ。
「九一色」と言う歴史上所縁のある名をなくすのは忍びなかっただろうに。。
話は反れるけれど…故郷の地名がなくなるというのは私も経験がある。
私の実家のある地区はいわゆる「難読地名」だったのだが、
小学校の5年ぐらいの時に地名変更された。
文字は変わらず読み方が変わっただけだが、私は元の読みが好きだったので
すごく寂しかったことを覚えている。今でも昔の番地を覚えている程に。
子供の頃の話なのでどうすることもできなかったが、その時反対意見は
なかったのだろうか?何故その読みがつけられたかを考えれば
「読めないから」で変えていいものだろうか?
今さらだけど思う訳ですよ…。
話は戻り…結局看板を見つけられずそのまま精進湖を一周し
パノラマラインに戻ると、すぐに樹海方向に入る道が。
これか、一時「地図にない集落」とか「秘密結社のアジト」とかで騒がれた
樹海の中に建てられた集落「精進湖民宿村」。
調べてみると、元々はさきほどの精進湖の畔に住んでいた人達が
水害で住めなくなったのでこちらに移住したとのこと。
地図で見ると湖の畔にそれらしき跡地があることがわかる。
集落はその名の通り民宿業を営む家が多く、小学校もあったが
すでに廃校となってしまい、今はグラウンドや体育館を利用して
青少年のスポーツ振興に活用されているそうだ。
夏の合宿などに利用されるので民宿もその時期は賑わうそうな。
それにしても樹海を切り開いて集落を作るとは。
その決断は誰が下したのだろう。樹海自体は世界遺産にはなっていないが
今はこれ以上の開発は無理だろうねぇ。
さて、富士五湖巡り最後の湖「本栖湖」へ。
ここは入ってすぐに畔へと続く道があり、そこに看板もあったので
無駄にうろつくこともなく、対岸からは正面に富士山が見えるはずだが
この場で振り返っても全然見えなかったので、まぁ見えることはないな、と
湖畔の景色を眺めるだけで終了。
山中湖だけ行けませんでしたが…ま、よかろう。
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