お見舞い/ただそこにいるだけでもいいんじゃないかな?
今日は、駆け込み寺のボランティアの友達と二人で、駆け込み寺の玄さんが入院している病院にお見舞いに行かせて頂きました。
先日一度目の手術を終え、来週にはさらに大変な二度目の手術を受ける事になっている玄さんですが、お会いした時には、(本当はとても大変に状態なのだろうと思いますが)いつもと変わらないとても元気なご様子でした。
お見舞いに行っても特に気の利いたお話しが出来るとは思っていませんでしたし、実際に今日も特別気の利いたお話しが出来たわけではありませんが、ただ、そこに行く事で、少しは元気になってもらえる事もあるかな?と思ってお見舞いに行かせて頂きました。
ただそこにいるだけでもいいんじゃないかな?”
と最近今まで以上に思う事が多くなってきました。
何か特別な事が出来なくても
ただそこにいるだけでもいいんじゃないかな?
ただそこにいる事が、大切なんじゃないかなということを
先日、親子喧嘩の仲裁的な目的で家庭を訪問した時も、何も出来ないかも知れないけれど、という気持ちで訪問してきました。
職場で仕事をしている時も、特別何かをするわけではありませんが、一人で座っている利用者さんがいたら、なるべくその近くに座わるようにしています。(これは介護職員としては当たり前の事かも知れませんが・・・)
今日の午前中に行った、暮らしの保健室のボランティアも、ただそこにいる事が大切だと思って、特別何かが出来ている訳ではありませんが、2年半近く行かせて頂いています。
何か、特別な事が出来なくても、ただそこにいるだけでもいいのじゃないかな?
最近、そのように思い、そうする事が多くなっています。
そう思う事で、そう出来る事が今まで以上に出来るようになってきました。
多分、ただそこにいるだけでもいいんじゃないかな?と思います。
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