友達にもらった本の中に書かれていた話しが心にとまりました。
あるインドの神話
人間が創られるとすぐに、神々は臨時の会合を開いた。
すぐに話し合わなければならない問題があったからだ。
人間は人生の秘密を知ってはならない、ということで神々は合意していたが、
その秘密をどこに隠しておけば永遠に人間に見つからずにすむのだろう?
「高い山の頂に隠せばいい」とある神が提案した。
「人間はそんなに高くまで登れないだろうから」
しかし、他の神々はすぐにその提案を却下した。
「今は、確かに登れない。しかし、将来は登れるようになるだろう」
それと同じ理由で、秘密を海の底に隠すという案も却下された。
「人間は想像力に富む生き物だ。いつの日にか、海の底も探検できるような方法を考え出すだろう」
このように、次々に案は出たが、次々に却下されてしまった。
しかしついに、ある神が完璧な解決策を思いついた。
「秘密を人間の心の奥深くに隠せばいいのだ。人間はそこを探そうとは決しておもわないだう」
そして、神々はそうした。
以上のような内容でした。
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今、一部の人達はその神様たちの隠したものが自分の心の中にある事に気付いてきているのだと思います。
そして、それを探る手段を色々と考え実行しているのだと思います。
僕もその隠されたものを知りたいと思う気持ちがある反面、隠されたものから知る必要はないのではないかという気がしています。
それを(隠されたものを見つけるという手段で)知ることでプラスになるものはないのではないかと思います。
それは、アダムとイブが食べたリンゴのようなものでも、パンドラの箱のようなものではなく
試験の答案やクイズの答えのようなもの、自分で考えて解いてこそ意味のあるものなのではないかと思います。
隠されているものを探し出すのではなく、隠されているものと同じものを自分の力で見つける(自分自身で気付く)ことが大切なのだと思います。
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今日の掃除は風林会館前(6時50分)
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