お金では計る事が出来ない労働の対価
今までは何とも思っていなかった事に「突然それは違う!」と思う事が時々あります。でも振り返ってみると、そう思う事については昔から「何か違う!?」とずっとどこかに違和感を持っていたものなのだとも思います。
昨日の夜勤の仕事に行く前、『仕事の価値はお金では計れない』という考えが頭に浮かびました。
労働の対価としてお金をもらう。
お金を稼ぐ為に仕事をする。
より多くのお金を稼ぐことが出来る仕事とは?
こういった考え方に疑問を持ちました。
これではまるでお金の為に仕事をしているだけ
お金が中心、お金がすべてになってしまうような気がします。
労働=仕事とは、決してお金を稼ぐ為だけにするものではないと思います。
仕事というのは、どのような仕事でも、価値があり意味があるものだと思います。
トイレ掃除の仕事も、警備員の仕事も、土木作業の仕事も、空調の整った立派なビルの中でする仕事もお金でその価値に違いをつけるべきものではないのだと、僕は思います。
僕は今、介護の仕事をしています。
その仕事は、お金で選んだ仕事ではありません。やりたいと思って選んだ仕事です。
介護の仕事で得られるものはお金だけではなく、それ以上の色々なものを介護の仕事をする事によって得ています。
施設に通われてくる高齢者の方が、一番生き生きとしている時間、一番欲しいと思っているものは、誰かの為になる事をしている時間、誰かの為のお手伝い=仕事(洗濯物たたみや食器拭き)が出来ている時間なのだと感じる事もよくあります。
僕は、今から3年後、2020年には『整体の仕事』をしていたいと考えています。
その仕事を選ぶ理由は色々あります。
それは、その仕事が人の為になる仕事、人に喜んでもらえる仕事、自分が介護の仕事をして腰を痛めていた時に自分の身体をよくしてくれた仕事でありその良さを知っている仕事、今の自分に出来る仕事、これからの自分に出来る仕事、自分をより活かす事の出来る仕事、場所に縛られない仕事、時間に縛られたい仕事、昔から漠然と何度かしてみたいと思っていた仕事、介護の世界を支える事が出来る仕事、医療費の削減にもつながる仕事、だと思うからです。
全ての仕事は等しく尊いものであるという考えのもと、どのような仕事を選択するのかはお金ではなく、自分は何をしたいか、自分には何が出来るか、自分にはどのような仕事が向いているか、で考える事が出来ればいいと思います。
仕事とは、お金を稼ぐ為にするものではなく、自分を成長させてくれるもの、仕事はさせられているというより、させてもらえている。(仕事が出来ているという事自体がありがたい事=仕事が出来ているというだけで幸せ)そのように僕は考えたいと思います。
そのような事を色々と考えている、夜勤明けの今です。
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