半年前に読んで感動した本を今読み返しています。
とても不器用な生き方をしている人の書いた本です。
先週、その本を書いた人が家にやってきました。
今もまだ不器用な生き方をしています。
しかしその人の行き方に教えられる事もたくさんあります。
その本の内容の一部を紹介します。
私は今から38年前、この世に産み落とされた馬鹿者である。両親は共に教員だった。
「やりたいことは何でもしなさい」「できないことはない。できるまでやれば必ずできる」「やるならさいごまでやりなさい」「人には優しく。精一杯やってあげなさい」「自分に正直にいきなさい」というのが両親の教えだった。でも、その答えが「殴られ屋」ということではなかったはずと最近思うのである。
今の「殴られ屋」の姿は、もちろん、すべて自分自身が決めて納得しているはずなのに、様々な問題ばかりが起き上がる。通常では理解に苦しむ「デタラメ」な男であることには違いない。私が生まれた時、喜びに満ち溢れた父、母、目に入れても痛くないと思える。それが、親と子の関係だ。私は親になって、やっぱりそう思う。自分の親の受け売りではないはずなのに、同じように思っていることに気がつく。
私は最近になって妹から聞いた事がある。
妹「お兄ちゃん、馬鹿だったんだってよ」
晴「またまた」
妹「父さんが、学校で養護学級のクラスを受け持ったでしょう。それはお兄ちゃんを自分で教えようかと思って受け持ったんだってよ」
晴「本当かよ」
妹「お母さんがこう言っていたよ『お父さんもお母さんも先生で、いろいろな子をみてきているでしょ、だから、すぐわかったよ。この子(晴留屋)は馬鹿な子、知恵遅れの子だなって。でも家族の愛がお兄ちゃんを普通の人に立ち直らせたんだよ。お前達が一生懸命、本を読んであげたり、できないことをあたりまえのようにカバーしてあげたでしょ。そんなおもいやりがあったから、お兄ちゃんは、できないことはできるまでやる、できるまでやれば必ずできる、というふうに変わっていったのよ。家族を思う心があれば、自然にすべてが治るのかもしれないね。家族ってすごいね』って言ってたよ母さんが」
今まで、そんなことはこれっぽっちも、微塵も感じたことがなかった。でも、そうだったのかと自分を思い返してみると「おや」と思う事ばかりなのだ。たとえば、中学時代の担任の山田先生に呼び止められて聞かれた。
山田「おい、晴留屋、知能(IQ)検査真面目にやったのか」
晴「真面目にやりましたけど、そんなに悪かったですか」
山田「そうか、そうなのか。じゃいいんだ」
と、こんな会話を記憶している。
IQ自体は努力して良くなる事はないだろう。でも人が5分で覚えられる事をたとえ1時間かかったとしても、結果的には出来てしまえば一緒だ。だって、「馬鹿」だった私が、人懐っこい笑顔と、やりたいと思ったらやってしまう性格で、今では英語だって少しは話せるのだ。どうやって?出会う外国人の方々を呼び止め、片言の英語で言うのだ」
「私は英語を愛しています。だから重要な言葉を一つ、私に教えて下さい」
会う外国人、会う外国人に、ぶっつけ本番で何百人も繰り返していると、ごく自然に話せるようになってきた。話したいと思う事は、話しが出来ることとは違うが、片言の言葉を覚えていくうちに、本当に話せるようになってきたのだから不思議だ。
「したい」と思ったら、そこから勇気が湧き上がり、話せるまで話し、人を好きになり、そしてもっと話しをしたくなる。人が人である為に言葉が生まれ、そして愛にかわる。
素晴らしい家族がいたから、今の私は私なのかもしれない。
(「明日こそハレルヤ!」■とんでもないお馬鹿さんだった子供時代より)
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