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2021年02月13日03:10

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週プロ流智美あの日あの時予想2020年総括(37)

第153戦 9月23日発売号●【予想】ラッシャー木村、新日本プロレスのリングに登場「こんばんは」発言(81年新日本プロレス田園コロシアム)【正解】アンドレ・ザ・ジャイアントvsスタン・ハンセン(同日)【参考】2015年9月24日(23日は秋分の日の為翌日発売)発売号は第2回NWAタッグ・リーグ戦開幕戦(71年9月24日日本プロレス後楽園ホール)

【解説】20年はシルバーウィークの関係からか9月22日の火曜日が秋分の日となり、23日の水曜日は週プロ発売日、「あの日あの時」が連載開始となった11年12月7日以来、9月23日の出来事をコラムに書くのは流さんも初。それだけに1発目は鉄板王道ネタを持ってくるであろうと予測し、やはり日本プロレス史に残る81年の新日本プロレス田園コロシアム決戦からくるに違いないと思いましたが2つに割れました。

ラッシャー木村の「こんばんは」、アンドレ・ザ・ジャイアントvsスタン・ハンセンの超弩級バトル、性質は違いますがいずれも違った意味で重要であり私も散々迷いましたが、結果は裏目に出ました。

同じ興行のセミファイナルとメインイベント前の出来事なので正解の方から解説していきたいと思います。81年「ブラディ・ファイト・シリーズ」最終戦、9月23日、田園コロシアム大会は「創立10周年記念スーパーファイト第2弾」として13,500人(超満員札止め)の大観衆を集めて行われました。

当日は「5大スペシャルマッチ」としてメインイベントは猪木vs全日本プロレスから移籍のタイガー戸口のIWGPアジア・ゾーン予選、セミファイナルがアンドレvsハンセン、他に藤波辰巳vsエル・ソリタリオのWWFジュニア・ヘビー級選手権試合、タイガーマスクvsソラール、坂口征二vsストロング小林のIWGPアジア・ゾーン予選がラインナップされ、強力カードの目白押しとなりました。

セミのアンドレvsハンセンはこれまで第2回、第3回のMSGシリーズ中での公式戦、スペシャルマッチでの大切はありますが、大会場の「ピン」で組まれるのは初めて。

試合は60分1本勝負。223cm、250kgのアンドレと198cm、135kgのハンセンのぶつかり合いは超ド迫力の肉体のぶつかり合い、8分26秒に両者リングアウトの引き分けとなりました。両者は延長戦をアピールし、アンドレのマネージャー、アーノルド・スコーランもこれを了承。時間無制限1本勝負での再試合が決定。ドーッと地鳴りのように湧き上がる大歓声。

再試合でハンセンは豪快なアイリッシュ・ホイップ(一本背負い)、さらにボディスラムでアンドレの巨体を投げて見せ、ロープに飛んでのウェスタン・ラリアット一閃、たまらずアンドレは場外にエスケープ。場外に降りたアンドレはリング下から取り出した青いサポーターを腕に巻きつけてリングに上がりましたが、レフェリーのミスター高橋はこれを反則だとして認めず。

怒ったアンドレは高橋レフェリーをロープに飛ばしてのジャイアント・ラリアット。いくらレスラーと一緒に身体を鍛えていた高橋と言えど、これを喰らってはひとたまりもなくダウン。4分22秒、アンドレの反則負けとなりました。最後は不透明決着となりましたが、再試合もあり、両者の激しい激闘に満足した様子でした.

セミ終了後のメインイベントは猪木vs戸口の初対決。試合前に、8月に団体が崩壊し、新日本プロレスのリングに参戦することが決まったR木村、アニマル浜口、寺西勇の国際軍団。2週間後の10月8日、蔵前国技館では猪木とR木村の頂上対決が行われることが決定していました。

保坂正紀アナウンサーにマイクを向けられたR木村は「こんばんは」と一言。これで超満員の大観衆から失笑が起きてしまいました。続けて「あのですね、我々はこの大会に向けて、秩父で特訓を積んでいます。」とコメント。団体を失い、新日本プロレスというアウェーに殴り込みをかけている以上、ヒールとしての役割が求められていたのではありますが…。

保坂アナが猪木にマイクを差し出すとR木村の挨拶に対し「こいつ、マイクもちゃんと出来ないのか!」と言わんばかりに無言で背を向けて完全に無視。

浜口がマイクを持って「10月8日わぁ!俺たちが勝ちますよ、10月8日を見てくださいよ!」と叫ぶと10月8日、蔵前で浜口と対戦する剛竜馬の姿をリングサイドで見つけると「おい、お前!来いよ」と敬語ながら若干のヒールテイストでその場を盛り上げました。

これは世に言う「ラッシャー木村こんばんは事件」と言われるものですが、「事件」と呼ぶ性質のものでもないように思います。後にR木村は「初めての場所(新日本プロレスのリング)に行くのだから、お客さんに挨拶をしようと思った」(実際は初めてではなく、78年12月16日、蔵前国技館のプレ日本選手権優勝決定戦の前にリングに吉原功代表、阿修羅・原と一緒上がっている、また、80年12月13日、東京体育館では試合に出場、ストロング小林を破ってIWA世界ヘビー級王座を防衛している)とのことでR木村らしい律儀さがよく出ていました。

その点はR木村の良いところではありますが、新日本プロレスでのその後のポジションを考えるとプロしては褒められはしないでしょう。

「こんばんは」発言はビートたけしが「こんばんは、ラッシャー木村です」とネタに使った為に全国的に知れ渡ってしまいました。

※対戦成績は153戦31勝122敗、勝率203。
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