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2026年10月19日08:23

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【配信連動企画】昭和プロレス年史外伝��1976年の新日本プロレス(19)

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モハメド・アリvsアントニオ猪木の格闘技世界一決定戦は3分15ラウンドフルに戦って引き分けとなりました。見終わった正直な感想は「猪木が無事にリングを降りることが出来て良かった」と言うところです。

私はテレビ観戦が終わった後、駅売店に東スポの速報号を買いに出かけました。

東スポは世紀の一戦の試合経過を克明に記載。猪木は6ラウンドの肘打ちの減点がなければ判定でアリに勝っていたことになります。

午後7時30分からの特番ではアリvs猪木戦の他にニューヨーク・センチュリー・シェイスタジアムでのアンドレ・ザ・ジャイアントvsチャック・ウェップナー、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムでのウィリエム・ルスカvsドン・ファーゴの試合が放送されました。

アンドレとウェップナーの試合はウェップナーのパンチをアンドレが受けて見せた後、ウェップナーを場外に落として3ラウンド1分52秒、リングアウト勝ち。

ルスカとファーゴは10分24秒、ルスカが裸絞めでファーゴを失神させて勝ちました。

この日、アメリカ時間の76年6月25日は、アメリカの主要プロモーションがアリvs猪木戦のクローズド・サーキットの中継に合わせ、各地でビッグマッチを開催。「格闘技五輪」と言われました。

新日本プロレスと提携していたビンス・マクマホン・シニアのWWWFでは前出の通り、シェア・スタジアムでのビッグマッチを開催。

4月26日(現地時間)ニューヨークMSGでのスタン・ハンセンとの試合で第六頸椎骨折という重傷を負ったブルーノ・サンマルチノがハンセンを相手に復帰戦。(5万人収容のシェア・スタジアムではアリと猪木のクローズドサーキットだけではチケットが売れない為、ビンス・シニアがサンマルチノを説得してカムバックさせた説が濃厚)

サンマルチノの気迫溢れるファイトにハンセンが逃亡、8分、試合放棄でサンマルチノが勝利を飾りWWWFヘビー級王座を防衛しました。

アリvs猪木戦のプロレス側のコーディネーターをビンス・シニアがしていたこともあり、サンマルチノはWWWFヘビー級王者と言う立場からマスコミにアリvs猪木戦についてコメントを求められましたが、

「アントニオ猪木は三流レスラー、日本人のトップレスラーはジャイアント馬場である」と辛辣な発言をしています。

NWAではテキサス州ヒューストン・コロシアムでのポール・ボーシュ派の興行でテリー・ファンクがロッキー・ジョンソン(ザ・ロックことドウェイン・ジョンソンの父親)を2-1で破りNWA世界ヘビー級王座を防衛。

AWAではイリノイ州シカゴ・インターナショナル・アンフィシアターでニック・ボックウィンクルのAWA世界ヘビー級王座にバーン・ガニアが挑戦。

38分、ノーコンテストになっていますが、実際はアリvs猪木戦のクローズドサーキットの生中継が始まるので試合を終了したようです。

馬場はアリvs猪木戦についてコメントを求められたところ「猪木に負けてもらっては困る」と猪木が負けたら業界がマイナス作用を起こすから、というニュアンスでした。

6月26日は土曜日であり、日本テレビの全日本プロレス中継の放送もありました。

運良くこの日はプロ野球の巨人戦の中継が入った為関東地方は午後11時45分からの放送となりました。

6月15日横浜文化体育館からの録画中継でメインイベントは鶴田が60分3本勝負でホースト・ホフマンを2-1で破り、馬場はセミでザ・デストロイヤーと組んでテリー・ファンク、ロード・アル・ヘイズ組を2-1で降しました。

見ていて肩の凝らないある意味お気楽な馬場全日本のブレのなさを見てホッとした気分になったプロレスファンも多数いたかと思います。

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