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日記一覧

74年12月12日、新日本プロレス蔵前国技館大会、猪木vsストロング小林のNWF世界ヘビー級選手権試合、10分過ぎの攻防からです。猪木は小林の両足をダブル・レッグロックに畳んでから足を差し入れての得意のリバース・インディアン・デスロックからブリッジし

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74年12月12日、新日本プロレス蔵前国技館大会、メインイベント、猪木にストロング小林が挑戦したNWF世界ヘビー級選手権試合。試合開始直後の猪木のドロップキック連発、ボディスラムからのフォールで小林は右足をサードロープに掛けていたにも関わらず、レ

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馬場のNWA世界ヘビー級王座獲得の「快挙」は猪木と新日本プロレスが大物外国人が呼べず、日本人対決でお茶を濁しているという印象操作を与えるには十分の効果があったか、といえば実はあまりそうでもなく、やはり猪木とストロング小林によるNWF世界ヘビ

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74年9月28日に、豊登、芳の里、ユセフ・トルコ、九州山ら日本プロレスOBから、「猪木vs大木金太郎、猪木vsストロング小林の再戦の勝者と馬場は闘うべき。」と声明文を突きつけられ、さらに猪木には「小林との再戦に勝ったらある重大発表をする。」とその内

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74年8月16日、コロラド州デンバー・スポーツアリーナで行われたとされるビル・ロビンソンとスーパースター・ビリー・グラハムによるIWA世界ヘビー級選手権試合。1本目は12分51秒、ロビンソンが片エビ固め、2本目は6分24秒、グラハムが体固め、決勝の3

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74年新日本プロレス「闘魂シリーズ第2弾」中盤戦には、「アラビアの怪人」ザ・シークが新日本初来襲の特別参加、来日第1戦となった11月8日、後楽園ホールではデトロイト時代の因縁のある坂口征二とシングルで対戦し4分49秒に反則負け。猪木とは11月12日、

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「別冊ゴング」74年12月号より、ストロング小林との再戦が決まった猪木へのロングインタビューの続きです。(聞き手・竹内宏介編集長)竹内「猪木さん自信は小林をどう評価していますか?特に最近、悪党になったと言われている小林について。」猪木「3月に闘っ

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猪木への再挑戦が決まったストロング小林ですが、帰国前に「別冊ゴング」74年12月号で国際電話での独占インタビューに答え、再戦へ向けて怪気炎を上げています。このインタビューは非常に興味深い内容になっていますので抜粋して引用してみたいと思います。た

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ストロング小林のWWWF地区武者修行後半戦振り返りです。74年9月25日、メーン州バンゴーで対戦して勝ったアーノルド・スコーランは力道山時代の62年日本プロレスの「第4回ワールド・リーグ戦」にルー・テーズ、フレッド・ブラッシー、マイク・シャープ、

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74年新日本プロレス「闘魂シリーズ」にアメリカWWWF地区でストロング小林のマネージャーであるフレッド・ブラッシーがWWWFルートで新日本プロレス初参戦となる「ロシアの白熊」ニコリ・ボルコフ(ベポ・モンゴル)のプレーイングマネージャーとして日本

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(前回より続く)竹内宏介「そろそろ時間も遅くなって来たので最後の本題に入ろうと思いますが、今でも猪木選手への『再挑戦』への意思に変わりはない?」ストロング小林「もちろんです。何の為に僕がアメリカで血みどろの努力を続けているのか?その答えは『打

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ストロング小林の74年のアメリカ東部WWWF地区遠征は8月3日ペンシルバニア州フィラデルフィアからスタート。初戦はフロリダでも対戦したロン・フラーに勝利。同日、バトルロイヤルに出場、早くもここでWWWFヘビー級王者ブルーノ・サンマルチノを初め

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74年8月、ストロング小林はフロリダでのマスクマン、コリアン・アサシンでのヒール修行を経て、素顔の「ショーゾー・コバヤシ」としてWWWF入りを果たしました。マネージャーは超一流の「銀髪鬼」フレッド・ブラッシー、入場の際は紺の半被を着用、赤に足

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74年、ストロング小林アメリカ再修行、マスクマン、コリアン・アサシンに変身してのフロリダ後編です。6月28日、タラハッシー (勝敗不明)ドン・ムラコ7月1日、オーランド ●エディ&マイク・グラハム&ケビン・サリバンvsザ・サモアン&Kアサシン&ゲー

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74年6月、アメリカでの再修行に出発したストロング小林はマスクマンのコリアン・アサシン(韓国の暗殺者)としてフロリダ州のCWF(チャンピオンシップ・レスリング・フロリダ)のサーキットに入りました。6月10日、オーランド ○ロベルト・ソト6月11日、タ

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74年ビンス・マクマホン・シニアの来日の際に決定したストロング小林のアメリカWWWF修行、小林がビンスに直談判したという説もありますが、本日記(95)に記載の3月19日、蔵前国技館での猪木とのNWF世界ヘビー級選手権試合の試合後の猪木のインタビュー

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一方、エースであり、現役のIWA世界ヘビー級王者だったストロング小林に去られ、6年3か月に亘ったTBSの中継打ち切り、凱旋帰国が予定されていた大剛鉄之介が交通事故で右足首切断という、プロレスラー生命を断たれる重傷を負うという、経営危機に陥る

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74年3月19日、新日本プロレス蔵前国技館大会、NWF世界ヘビー級選手権試合、アントニオ猪木vsストロング小林の一戦は壮絶な流血戦、激闘の末に29分30秒、ジャーマン・スープレックスホールドで猪木がフォール勝ち、王座初防衛に成功しています。勝敗が決し

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74年3月19日、新日本プロレス蔵前国技館大会、ダブル・メインイベント第2試合、国際プロレスを離脱したストロング小林がアントニオ猪木のNWF世界ヘビー級王座に挑戦した世紀の大一番。試合開始から15分、得意のベアハッグで猪木を揺さぶり、背骨を痛めつ

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74年3月19日、新日本プロレス蔵前国技館大会。都営地下鉄蔵前駅、国鉄総武線浅草橋駅から人の波が続いていました。外は冷たい雨、3月下旬にしては2月並みの寒さでした。54年12月22日、同じ蔵前国技館での力道山vs木村政彦戦から20年、アントニオ猪木とスト

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団体の現役世界ヘビー級王者が離脱して他団体の王者に挑戦するという、日本プロレス史上前代未聞のアントニオ猪木vsストロング小林戦が正式決定。3月1日には新宿・京王プラザホテルで両者による調印式が行われました。新日本プロレスの「創立2周年記念ビッ

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74年、国際プロレスはストロング小林の退団だけではなく68年1月から放送開始されたTBSの「TWWAプロレス中継」が3月一杯で打ち切りとなりました。「TWWAプロレス中継」は当初は毎週水曜日午後7時(関東地区)〜7時56分の原則生中継でスタート。放

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74年国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」が閉幕した1週間後、2月8日、ストロング小林は辞表を持って新宿区高田馬場にある国際プロレスの事務所を訪れ、吉原功社長に退団の申出をしたものの、慰留され話し合いは平行線に。この話を事前に察知していた

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74年国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」は前々回(87)で書いたように、前半戦の2週間、1月19日、川崎市体育館大会迄で予定されていたタイトルマッチは全て行われ、シリーズ最終戦の2月1日、札幌中島スポーツセンター大会までは通常の消化試合的興行

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ストロング小林国際プロレス所属ラストシリーズとなった74年「新春パイオニア・シリーズ」中盤戦の模様です。1月13日、和歌山県立体育館(観衆4,000人満員発表)大会。メインイベントはグレート草津&アニマル浜口組がジェリー・ブラウン&バディ・ロバーツ組

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74年国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」は1月5日、北九州市小倉区三萩野体育館(テレビ収録、観衆3,000人発表)で開幕。カウボーイ・ビル・ワット、ジェリー・ブラウン&バディ・ロバーツ組のブロンド・ボンバーズ(ハリウッド・ブロンドス)、ブッチャ

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ストロング小林にとってプロレス人生の大きなターニングポイントとなった74年編に突入します。そこで今回は73年の激動の日本マット界を振り返りを織り交ぜながら74年の年頭の状況について「おさらい」をしておきたいと思います。前73年は4団体が新春シリーズ

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73年国際プロレス「ビッグ・ウィンター・シリーズ」11月14日、長野市民体育館(観衆2,500人発表)大会、メインイベントは11月9日、和歌山県那智勝浦観光会館大会での再戦、新IWA世界ヘビー級王者、ワフー・マクダニエルに前王者、ストロング小林が挑戦する

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73年国際プロレス年度最終シリーズ「ビッグ・ウィンター・シリーズ」は10月27日、北海道石狩町(現在の石狩市)国際モベレージ(おそらく移動体育館、観衆4,000人超満員発表)で開幕。移動体育館の表示はプロレス熱戦譜に記載されない為、推測で書いていくしかあ

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73年国際プロレス「第5回IWAワールド・シリーズ」優勝決定戦は10月10日、長崎国際体育館(テレビ収録、観衆6,000人超満員発表)大会で開催されました。Aブロックはラッシャー木村、ラーズ・アンダーソンが、Bブロックはグレート草津、ブラックジャック・

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