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日記一覧

81年4月6日(現地時間)、ニューヨークMSG(観衆22,000人超満員発表)定期戦ではこの後共に新日本プロレス遠征を時間差で控えているボブ・バックランドとスタン・ハンセンが決着戦としてWWFヘビー級王座を賭けて、ケージ(金網)マッチ時間無制限1本勝負で

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」に一度は来日が発表されながらWWF入りして来日をキャンセルしたスタン・ハンセンですが、2月16日(現地時間)ニューヨークMSGでの定期戦(観衆22,000人超満員発表)でボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に挑戦

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一方、本稿(592)、(593)に詳しく書きましたが前80年2月に東京12チャンネル(テレビ東京)主導で国際プロレスに入団した大木金太郎ですが、ラッシャー木村と並び「2大エース時代到来」と言われたものの集客、テレビ視聴率共低迷からは脱せず。10月には東京12チ

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この時期の全日本プロレスは81年「エキサイト・シリーズ」が3月3日、千葉公園体育館で閉幕すると、前回書きましたように馬場は、3月4日にメキシコ入りよりNWAのメンバーであるサルバトーレ・ルッタロース二世の招聘によりドリー・ファンク・ジュニアと

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81年2月、メキシコ遠征中のストロング小林。日付不明ですが、アカプルコでは坂口征二&グラン浜田&小林邦昭組vsS小林&バッファロー(ブファロ)・アレン&栗栖正伸組という全員新日本プロレスという6人タッグマッチが実現。2月27日にはアレナ・ネサワルコ

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この試合の後はチームを結成して大いに暴れまくるかと思われた坂口と小林だが、小林が「メキシコの小さな選手とやっても自分にはプラスにならない。このチャンスを借りて坂口さんと勝負したい」と宣言。かつてのタッグパートナー同士がメキシコでは敵味方に分

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ストロング小林のメキシコ登場第1戦は81年2月15日(現地時間)メキシコシティ・エル・トレオ・デ・クアトロ・カミノスのUWA定期戦(観衆20,000人)。S小林はルード(ヒール)サイドとして出場。79年にメキシコ武者修行に来ていたマサノブ・クリス(栗栖正伸)&

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ストロング小林は81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」が終わると、坂口征二と共にメキシコ遠征に出発しました。坂口は10日間ほどですが、S小林は約3か月の長期遠征となりました。「デラックスプロレス」81年4月号に2月12日、後楽園ホールで取材したS

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81年全日本プロレス「エキサイト・シリーズ」振り返りの続きです。NWA世界ヘビー級王者ハーリー・レイスは2月15日の後楽園ホール大会で帰国。第7戦は2月18日飯坂町福島市民センター(テレビ収録、観衆1,200人発表)大会。メインイベントは馬場&鶴田組と

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81年の全日本プロレスは「新春ジャイアント・シリーズ」が1月22日、韮崎市運動公園体育館で閉幕すると、3週間のオフを経て2月11日、流山市総合体育館からジャイアント馬場3,000試合連続出場突破記念「エキサイト・シリーズ」が開幕します。この時新日本プ

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全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは通常通り新日本プロレスの1週間前にあたる恒例の1月2&3日、後楽園ホール昼興行2連戦においてジャイアント馬場3,000試合連続出場突破記念「新春ジャイアント・シリーズ」を開幕させました。アブドー

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」振り返りの続きです。2シリーズ連続参加のバッドニュース・アレンはシリーズ全体ではケン・パテラ、終盤はタイガー・ジェット・シンのパートナーとしてメインイベント戦線に復帰、バイプレイヤーとして本領発揮してい

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」最終戦は2月12日、後楽園ホール(テレビ収録、観衆2,300人超満員発表)大会。最終戦、豪華3大決戦とあって後楽園ホールは超満員の観衆で膨れ上がりました。メインイベントは前80年12月29日(現地時間)、ニューヨークM

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結果的に46歳でピークを過ぎたジ・エンフォーサーをシリーズの終盤で坂口征二のWWF北米ヘビー級王座に挑戦させたのは失敗と言えます。やはりここは36歳、働き盛りのボビー・ダンカンを挑戦させるべきでした。エンフォーサーは長いシリーズ中、既に坂口と何

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」第26戦は2月9日、秋田市立体育館(テレビ収録、観衆2,500人発表)大会。メインイベントは猪木&藤波辰巳組とタイガー・ジェット・シン&ボビー・ダンカン組が対戦、1本目は場外乱闘でシンが藤波をフェンス越しに投げ

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」ば福岡、岡山、大阪ときて北海道へ上陸、まさに日本縦断ツアー、第23戦、2月6日、札幌中島体育センター(テレビ生中継、観衆5,500人満員発表)大会。メインイベントはタイガー・ジェット・シンのUWA世界ヘビー級王

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」も終盤戦に突入、第20戦は2月2日、福岡九電記念体育館(観衆4,300人発表)大会。九電記念体育館は先の80年「MSGタッグ・リーグ戦」12月9日以来2か月足らずで2シリーズ連続開催。前回は優勝決定戦の後に放送され

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」第16戦、1月28日、鹿児島県鹿屋市体育館(観衆2,000人発表)大会。メインイベントは猪木&藤波辰巳組の師弟タッグがケン・パテラ&バッドニュース・アレン組と対戦、1本目は12分43秒、両チームリングアウトとなり1−

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」も中盤戦、四国へ飛び第12戦は1月23日、高知県民体育館(観衆2,500人発表)大会。メインイベントは猪木&藤波辰巳組がケン・パテラ&ジ・エンフォーサー組と対戦したタッグマッチ60分1本勝負。11分25秒、猪木がエンフ

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」東海からの関西、近畿地方へと移動。第8戦は1月18日、京都府豊岡市民体育館(観衆2,000人満員発表)大会。メインイベントは猪木&坂口征二&木村健吾組がアファ・アノアイ&シカ・アノアイのザ・サモアンズ1&2号&

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」第5戦は1月13日、千葉公園体育館(観衆3,000人満員発表)大会。メインイベントは猪木&藤波辰巳&木戸修組の新日本プロレス旗揚げメンバートリオが結成されアファ・アノアイ&シカ・アノアイのザ・サモアンズ1&2号

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」開幕戦は1月9日、茨城県古河市立体育館(テレビ生中継、観衆2,400人満員発表)大会。メインイベントは猪木&藤波辰巳組の師弟タッグがアファ・アノアイ&シカ・アノアイのザ・サモアンズ1&2号と対戦。1本目は11分4

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」は1月9日古河市立体育館で開幕、1月10日後楽園ホール、1月16日四日市市体育館、1月22日姫路市厚生会館、1月23日高知県民体育館、1月30日島原市体育館、2月2日福岡九電記念体育館、2月4日大阪府立体育会館、2月

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81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」参加外国人レスラープロフィールの続きです。終盤戦1月30日島原市体育館〜2月12日後楽園ホール特別参加がタイガー・ジェット・シン。シンは先の80年11〜12月「MSGタッグ・リーグ戦」から2シリーズ連続参戦。前回

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初来日の「債権取立人」、「侵略坊主」ジ・エンフォーサー、正式なリングネームは「エンフォーサー・ルシアーノ」。その前歴には不明な部分も多いですが80年秋に突如ロサンゼルス地区に姿を現し、先の「MSGタッグ・リーグ戦」に参戦したオックス・ベーカー

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ストロング小林にとっては事実上現役最後の年となる81年編に入ります。新日本プロレスは猪木、坂口征二、藤波辰巳、キラー・カーン、谷津嘉章が80年末の12月29日(現地時間)ニューヨークMSG定期戦に参戦した為、81年の「新春黄金シリーズ」は他団体よりも遅

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80年編の終わりに、猪木が翌81年にスタートさせる「IWGP」(インターナショナル・レスリング・グランプリ)構想について書いておきたいと思います。12月13日、東京体育館大会のリング上で新日本プロレスの新間寿営業本部長は「来年は猪木が世界統一へ乗り出

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80年12月16日、東京・銀座キャピタルホテルにおいて東京スポーツ新聞社制定、80年度「プロレス大賞」の選考会が開催され、80年度のプロレス大賞各賞が決定しました。最優秀選手賞(MVP)は猪木が2年ぶりに返り咲いて5度目の受賞。猪木と馬場がノミネートさ

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80年の日本プロレス界の暮れは新日本プロレス対全日本プロレスのタッグリーグ戦による興行対決となりました。メンバーの豪華さと斬新さでは新日本プロレスの「MSGタッグ・リーグ戦」が上回りましたが、バッドニュース・アレン&ウィリエム・ルスカ組、ジョ

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80年全日本プロレス「世界最強タッグ決定リーグ戦」第7戦、12月5日、高知県民体育館(テレビ収録、観衆5,600人超満員発表)大会。メインイベントの公式戦(公式戦は全て45分1本勝負)でドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスとアブ

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