87年4月10日、メリーランド州ボルチモア・アリーナで行われた「第2回タッグ五輪」ジム・クロケット・シニア・メモリアルカップ・レスリングトーナメント初日後半戦。タッグ・トーナメント2回戦第1試合、第1シード、リック・ルード &レイジング・ブル組
87年4月10日、メリーランド州ボルチモア・アリーナで行われた「第2回タッグ五輪」ジム・クロケット・シニア・メモリアルカップ・レスリング・トーナメント初日の続きです。1回戦第5試合、デニス・ブラウン&トッド・チャンピオン組vsランディ& ジョーの
87年「創立15周年記念チャンピオン・カーニバル」の巡業から抜けた馬場は3月31日、富山県魚津市総合体育館でデビューした元十両の卓越山、高木功を伴い、4月8日にアメリカに出発。前86年にはタイガーマスクをパートナーに参加した「第2回タッグ五輪」、ジ
87年「創立15周年記念チャンピオン・カーニバル」4月7日、大田区体育館(テレビ収録、観衆3,100人発表)大会。平日火曜日開催の大田区で、かなり厳しい状況でしたが、私は仕事を早く終わらせて途中から生観戦することが出来ました。メインイベントはPWF世
87年「創立15周年記念チャンピオン・カーニバル」4月5日、日曜日の後楽園ホール大会昼興行。(テレビ収録、観衆2,800人満員発表)大会。私はこのこの興行は会場で生観戦しています。メインイベントはドリー・ファンク・ジュニア&輪島大士組の日米師弟コンビ
本題に入る前に、先日マイミクさんでいつも日記をお読み頂いている方(いつもありがとうございます。)から87年「創立15周年記念チャンピオン・カーニバル」のポスターにケンドール・ウィンダムの写真が載ってなかったか?という質問がありました。私はポスター
長州力、小林邦昭らが出場をボイコットした87年3月28日、後楽園ホールでの「創立15周年記念チャンピオン・カーニバル」開幕戦が土曜日であり翌日から全日本プロレスと全日本残留を決めたジャパンプロレス勢は北陸巡業に出ましたが、週明けの3月30日の月曜日
87年「創立15周年記念チャンピオン・カーニバル」開幕戦、3月28日、後楽園ホール(テレビ生中継、観衆2,600人満員発表)大会。テレビ生中継とあって、試合開始は午後6時。私はこの興行は会場で生観戦しています。前回書いた通り、長州力以下半数以上の選手が
87年「創立15周年記念チャンピオン・カーニバル」参加外国人選手プロフィールの続きです。「カンザスの山猫」ジェリー・オーツもトミー・リッチ同様久々の参戦、83年7〜8月の「グランド・チャンピオン・カーニバルPART�掘廾瞥茖廓�7か月ぶりの来日。45
前回の補足です。87年3月25日、長州力がマサ齋藤の代理人として大阪のホテル南海で行われた「INOKI闘魂LIVEパート2」の前夜祭及び調印式に姿を現すこと2日前の3月23日、午後1時から世田谷区池尻大橋のジャパンプロレス本社で長州力社長と大塚直
長州力から「ジャパンプロレスを捨てて選手達だけで新日本プロレスに戻ろう」と説得された谷津嘉章でしたが、この頃には既に永源遙の説得を受け入れ、全日本プロレスに残留することを決意していました。谷津は新日本プロレス時代の83年10月に維新軍団入りして
風邪と右手首のガングリオンを理由に2月20日、後楽園ホールで開幕の「エキサイト・シリーズ」を欠場していた長州力は婚約者であった河野英子さんと共に長野県の伊香保温泉に雲隠れしていたことは前に書いた通りです。当時、週刊ファイトに所属していた金沢克
87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」最終戦、3月12日、日本武道館(テレビ収録、観衆12,900人満員発表)大会。長州力が出場しない日本武道館大会でしたが、何とか満員発表の観客を動員。平日の木曜日開催興行でしたが私は何とか早く仕事を終わらせて、
87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」もいよいよ大詰め、3月10日、福島県郡山市総合体育館(テレビ収録、観衆4,100人発表)大会。メインイベントはNWA世界ヘビー級選手権試合、王者リック・フレアーに鶴田が挑戦。鶴田のNWA世界ヘビー級王座挑戦
87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」3月9日、群馬県高崎市中央体育館(観衆3,300人満員発表)大会。メインイベントは全日本対国際血盟軍6人タッグマッチ、馬場&天龍&輪島大士組とラッシャー木村&阿修羅・原&鶴見五郎組の対戦。13分5秒、天龍が
87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」、3月7日、秋田県立体育館(テレビ生中継、観衆4,200人発表)大会。メインイベントはリック・フレアーの保持するNWA世界ヘビー級王座にジャパンプロレスを代表して谷津嘉章が初挑戦。フレアーが得意の足4の字
87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」3月6日、岩手県水沢市(現在の奥州市)文化体育館(観衆3,550人超満員発表)大会。メインイベントは全日本対国際血盟軍6人タッグマッチ、馬場&輪島大士&タイガーマスク組とラッシャー木村&阿修羅・原&鶴見五郎
87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」2月24日、長野県上田市民体育館(テレビ収録、観衆3,450人超満員発表)大会。メインイベントはアニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズが長州力の欠場でジャパンプロレスの砦となった谷津嘉章& アニマル浜口組
87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」開幕戦、2月20日、後楽園ホール (テレビ収録、観衆3,200人超満員)大会。平日金曜日の開催でしたが、ウォリアーズ人気で超満員の観衆が集まりました。私は仕事でしたが、途中から会場ヘ行き、生観戦することが出
87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」終盤戦、3月6日、岩手県水沢市(現在の奥州市)文化体育館〜最終戦3月12日、日本武道館まで特別参加がNWA世界ヘビー級王者リック・フレアー。85年10月の「ワールド・チャンピオン・カーニバル」中盤戦以来1年
87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」は2月20日、後楽園ホールで開幕。エキサイト・シリーズは3週間の比較的短期のシリーズですが、短期とはいえ、アニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズ(マネージャー・ポール・エラリング)が6度めの来日にし
87年「創立15周年記念新春ジャイアント・シリーズ」最終戦、2月5日札幌中島体育センター(テレビ収録、観衆6,200人超満員発表)大会。ジャパンプロレス提携前の84年までは新日本プロレスの恒例だった「札幌雪まつり興行」を全日本プロレスが「横取り」した形
87年「創立15周年新春ジャイアント・シリーズ」2月3日、北海道・夕張市総合体育館(テレビ収録、観衆3,100人超満員発表)大会。メインイベントは天龍と輪島が2人だけのタッグチームを結成、タイガー・ジェット・シン& ア・シーク組と対戦。天龍と輪島は二所
87年「創立15周年記念新春ジャイアント・シリーズ」終盤戦のヤマ、1月31日、青森県八戸市体育館(テレビ生中継、観衆5,200人超満員発表)大会。大阪城ホールのような大会場を除いた通常の地方興行では間違いなく今シリーズ一番の入りとなりました。メインイベ
87年「創立15周年記念新春ジャイアント・シリーズ」1月25日、日曜日昼興行の後楽園ホール(観衆3200人超満員発表)大会。私は前日の横浜文化体育館に続き、この興行も生観戦しています。この日はジャパンプロレスへの売り興行でした。メインイベントは前日鶴田
87年1月17日、徳山市体育館での長州力の「藤波(辰巳)と闘いたい」(正確には藤波「とも」の意であり、鶴田、天龍ら全日本プロレス所属選手の中に藤波の名前を入れていたに過ぎず、そのあたりは日本テレビ、全日本プロレスに一応は配慮しているのと、今後の自
87年「創立15周年記念新春ジャイアント・シリーズ」1月17日、山口県徳山市(現在の周南市)体育館 (テレビ生中継、観衆3,400人超満員発表)大会。メインイベントはPWFヘビー級選手権試合、王者長州力にカート・ヘニングが挑戦。8分18秒、長州がバックドロ
87年「創立15周年記念新春ジャイアント・シリーズ」1月12日、福岡県北九州市西日本総合展示場(観衆2,250人発表)大会。1月の同会場での興行は、ジャパンプロレス勢が乗り込んで来てからの85年以降は3年連続開催、85年1月10日(録画)、86年1月11日(生中継)
87年「創立15周年記念新春ジャイアント・シリーズ」第8戦、1月10日大阪城ホール(テレビ生中継、観衆9,100人発表)大会。前86年は、3回の同会場大会を開催、3月4日(長州力&谷津嘉章組vs鶴田&天龍組のインターナショナル・タッグ選手権試合)が8,800人、6
一方、長州力以下選手が知らされていない部分で、フロント間では水面下で様々な話し合いが行われています。86年9月3日、大阪城ホール大会後に馬場と竹田勝司ジャパンプロレス会長が会談を持ちました。馬場は「興行数が増えても経費で利益が上がらない状況を