mixiユーザー(id:21258650)

日記一覧

新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」は猪木の大逆転2連覇でその幕を閉じましたが、最後の最後まで読めない優勝争いを展開し、大きな盛り上がりを見せました。優勝したアントニオ猪木は4月4日蔵前国技館での開幕戦で大木のヘッドバットのラッシ

続きを読む

新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」最終戦5月16日日大講堂(テレビ生中継、観衆8,500人超満員発表)大会。いよいよ優勝決定戦です。公式戦同点2位の12.5点にアントニオ猪木、坂口征二、ストロング小林、大木金太郎の4人が並び、4者による決勝

続きを読む

新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」第34戦、5月14日岡山武道館(観衆3,900人満員発表)大会。この日の公式戦は1試合のみ、大木とスーパー・デストロイヤーが対戦。大木は公式戦最終試合であるこの試合に勝たないと決勝進出の望みは水泡に帰して

続きを読む

7週間に亘り激闘を展開した新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」もいよいよ大詰め。優勝争いに向けて最後のデッドヒートレースが展開されています。終盤戦になると公式戦日程の消化も進み、1大会あたりの公式戦の数も減少していきました。九州、

続きを読む

75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」も残すところあと1週間、5月16日日大講堂における優勝決定戦に向けて連日激闘が展開されています。第30戦、5月9日香川県高松市民文化センター(テレビ生中継、観衆4,600人超満員発表)大会。テレビ生中継は

続きを読む

75年新日本プロレス「第2回ワルド・リーグ戦」、九州ツアーは4月26日の大分県中津市片津公園特設リングから5月5日、福岡スポーツセンターまで10日間に亘る長期サーキットでしたが、ストロング小林のエース時代の国際プロレスを放映していたTBS系ネット

続きを読む

75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」も終盤戦に入って来ました。第24戦、5月3日北九州市小倉区三萩野体育館(観衆4,500人超満員発表)大会。公式戦は最初で最後となったストロング小林と大木金太郎との注目の公式戦。初のシングル対決です。現在

続きを読む

新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」第22戦、5月1日熊本市体育館(観衆4,500人満員発表)大会。メインイベントでは4月8日新潟市体育館と同一カード、フリー参戦同士のストロング小林と大木金太郎がタッグを組んで登場、キラー・カール・クラッ

続きを読む

75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」も後半戦に突入。第18戦、4月26日、大分県中津市片津公園特設リング(観衆4,300人超満員発表)大会。メインイベントはアントニオ猪木&木戸修組がスーパー・デストロイヤー&ジョン・ガニア組とタッグマッチ60

続きを読む

75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」第16戦4月24日松山・愛媛県民館(観衆3,000人発表)大会。公式戦はまずアントニオ猪木がマンマウンテン・マイクと対戦、4分34秒に体固めでフォール勝ちし7戦6勝1敗、ストロング小林はサングレ・フリアーと

続きを読む

75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」中盤戦の激闘の模様です。第13戦、4月19日和歌山県立体育館(観衆4,500人発表)大会。公式戦は坂口征二と星野勘太郎の一戦が組まれ、14分7秒に片エビ固めで坂口がフォール勝ち、7戦5勝1敗1分となりました

続きを読む

75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」第10戦は4月15日、富山県高岡市民体育館(観衆5,500人満員発表)大会。公式戦は坂口征二と山本小鉄が一度きりの対戦。新日本プロレスの社内では犬猿の仲と言われる両者ですが、9分52秒、坂口が片エビ固めでフ

続きを読む

75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」第7戦の4月11日、福島県会津若松市体育館(会津体育館または会津鶴ヶ城体育館、テレビ生中継、観衆4,700人超満員発表)大会。テレビ生中継はスタートが来日が遅れ、4月8日の新潟市体育館大会から参戦したS

続きを読む

75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」は日本プロレス史に残る面白いリーグ戦でしたが、総当たりリーグ戦で行われているだけに、それ以外にもその日公式戦の組まれていない選手同士による通常のシリーズでは見られない珍しい試合が沢山組まれていま

続きを読む

今回から「昭和プロレス年史」1975年前編の中でも特に時間を割いて採り上げた新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」の模様を振り返りたいと思います。75年新日本プロレス春の本場所「第2回ワールド・リーグ戦」は4月4日蔵前国技館(テレビ生中継、観

続きを読む

マリオ・ミラノ最後の来日となったのが85年5月の「激震!サンダーウォーズ」で実に4年2か月ぶりの参戦となりました。この4年2か月で全日本プロレスのリングは大幅にその景色が変化しています。81年5月、アブドーラ・ザ・ブッチャーが新日本プロレスへ移

続きを読む

マリオ・ミラノは79年3月3日横浜文化体育館で開幕した「第7回チャンピオン・カーニバル」に素顔で参戦しています。リーグ戦参加メンバーは前年度優勝者のジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、ザ・デストロイヤー、フリー参戦を経て全日本に入団した石川孝志(

続きを読む

マリオ・ミラノが即席マスクマンのザ・バラクーダとして全日本プロレスに初めて参戦して来たのが75年1月の「新春シリーズ」全日本にミラノをブッキングしたのはジム・バーネットからオーストラリアの興行権を買ったマーク・ルーインで、ルーインが全日本でレ

続きを読む

72年日本プロレス「新春チャンピオン・シリーズ」でのマリオ・ミラノは1月15日徳山市(現周南市)体育館で大木金太郎のアジア・ヘビー級王座に挑戦。1本目はミラノが体固め、2本目は大木が足4の字固め、3本目は大木が逆エビ固めで連取して2-1で大木が王

続きを読む

マリオ・ミラノの初来日は68年5月日本プロレスの「ゴールデン・シリーズ」でした。当時のプロレス人気の異常な高さを現していたのが、このシリーズの開幕戦、5月18日徳島市体育館大会の前日、5月17日の大阪府立体育会館が「第10回ワールド・リーグ戦」の優

続きを読む

翌77年に開催された「第5回チャンピオン・カーニバル」は、似たようなメンバーを集めたものの、面白さでは前年とかなり差がついたように思います。前年度優勝者のアブドーラ・ザ・ブッチャーは変わらずでしたが、ザ・バラクーダのところにスーパー・デストロ

続きを読む

76年全日本プロレス「第4回チャンピオン・カーニバル」第7週、シリーズ最終戦5月13日、川崎市体育館(観衆4,000人満員発表、5月15日関東地区は午後11時45分より放送)公式戦も終わり、この日のメインイベントはハーリー・レイスvsアブドーラ・ザ・ブッチャ

続きを読む

76年「第4回チャンピオン・カーニバル」第6週、公式戦最終日、76年5月8日札幌中島スポーツセンター大会(テレビ生中継、観衆4,000人発表)。2週連続の生中継でした。最終日を残して優勝の可能性があるのは1位17点、失点7のザ・バラクーダ。同点2位には1

続きを読む

「第4回チャンピオン・カーニバル」第5週、76年5月1日シリーズ天王山は日大講堂大会。(テレビ生中継、観衆7,500人発表)プロ野球が開幕すると放送時間帯が深夜に移行されてしまう為に生中継は減少を余儀なくされています。3月6日一関市体育文化会館大会

続きを読む

76年4月24日は徳島県鳴門市体育館(観衆3,000人発表)大会。ザ・バラクーダは公式戦で因縁のザ・デストロイヤーと対戦しました。両者は前75年1月4日、後楽園ホールで覆面世界一決定戦十番勝負第4戦で対戦していますが、この試合の1本目、この時点での日本

続きを読む

76年「第4回チャンピオン・カーニバル」、第3週は4月17日青森県八戸市体育館(観衆4,500人超満員発表、当日ディレイ放送、関東地区は午後11時45分より)大会。メインイベントは外国人ヒール頂上対決、アブドーラ・ザ・ブッチャーvsキング・イヤウケア。初来

続きを読む

プロレスのリーグ戦で面白さ、スペクタクルを形成する大きな要素として�〆�戦、最後の最後まで読めない優勝の行方。��番狂わせ、大物食い。�3�幕前には予想出来なかったダークホースの活躍。�い泙気�の選手が優勝。などがあります。これまでの日本プロレス界

続きを読む

1975年前半の全日本プロレスの首都圏でのビッグマッチのカードと観客動員は以下の通りでした。「新春シリーズ」最終戦1月29日(水)東京体育館、ジャイアント馬場vsハーリー・レイスPWFヘビー級選手権試合、ザ・デストロイヤーvsカリプス・ハリケーンPWF

続きを読む

マリオ・ミラノは75年1月「新春シリーズ」で全日本プロレスに初参戦。以降、マスクマン、素顔の両方で全日本プロレスのレギュラーとなりました。デストロイヤーとバラクーダの覆面世界一決定戦十番勝負第4戦(PWF認定USヘビー級選手権試合)は1月4日後

続きを読む

配信「昭和プロレス年史」1976年前編でも時間を割いて採り上げた全日本プロレス初の参加全選手総当たりとなった「第4回チャンピオン・カーニバル」。その中でもダークホースとしてまさかの公式戦最終日の5月8日札幌中島スポーツセンター大会まで17点で最多

続きを読む