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日記一覧

81年新日本プロレス「第2回MSGタッグ・リーグ戦」も後半戦に入りました。第12戦は12月2日香川県高松市民文化センター(観衆4,000人超満員発表)大会。新日本プロレスの高松としては珍しいノーテレビ。11月27日の徳島大会での長州力&谷津嘉章組vsカネック

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81年新日本プロレス「第2回MSGタッグ・リーグ戦」は中盤戦に突入、第9戦は11月29日山梨県富士吉田市富士急ハイランド大ホール(観衆3,000人満員発表)大会。公式戦はスタン・ハンセン&ディック・マードック組のテキサス・ロングホーンズがパット・パター

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81年新日本プロレス「第2回MSGタッグ・リーグ戦」第5戦は11月24日鹿児島県立体育館(観衆5,000人満員発表)大会。公式戦はスタン・ハンセン&ディック・マードック組のテキサス・ロングホーンズが坂口征二&木村健吾組と対戦、6分55秒、場外でのウェスタ

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史上空前のレスリング・ウォーとなった81年新日本プロレスの最終シリーズ「第2回MSGタッグ・リーグ戦」は11月20日埼玉県志木市民体育館(テレビ生中継、観衆4,000人満員発表)で開幕。 参加チームは猪木&藤波辰巳組、スタン・ハンセン&ディック・マード

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ストロング小林は長期欠場に入りましたが、現役最後の試合となった81年10月16日大分県立総合体育館でのS小林&藤原喜明組vsディック・マードック&ハルク・ホーガン組との試合から衝撃のスタン・ハンセン全日本プロレス参戦まで2か月しかないところを勘案し

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81年新日本プロレス「第2回MSGタッグ・リーグ戦」の出場チーム変更が伝えられた81年11月10日付(9日発行)の「東京スポーツ」での記事の序文のところには小さく「なお、元国際プロのラッシャー木村はストロング小林とタッグが決定しているが、S小林のコン

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81年新日本プロレスの「闘魂シリーズ」と全日本プロレス「創立10周年記念ジャイアント・シリーズ」は引き抜き抗争で両団体とも盛り上がりを見せ、新日本プロレスは大盛況となりましたが、全日本プロレスも豪華外国人メンバーを集結させ、またタイガー・ジェッ

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81年全日本プロレス「創立10周年記念ジャイアント・シリーズ」第22戦、10月27日北海道・小樽市総合体育館(テレビ収録、観衆4,800人満員発表)大会。メインイベントは鶴田のUNヘビー級王座に「ロシアの流血怪人」アレックス・スミルノフが挑戦(60分3本勝負)

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81年全日本プロレス「創立10周年記念ジャイアント・シリーズ」中盤戦、第11戦、10月15日大分県立荷揚町体育館(観衆4,200人満員発表)大会。メインイベントは鶴田にジミー・スヌーカが挑戦したUNヘビー級選手権試合60分3本勝負。両者の同タイトル戦は6月11

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全日本プロレス81年「創立10周年記念ジャイアント・シリーズ」第7戦は10月9日蔵前国技館(テレビ収録、観衆13,000人超満員発表)大会。私はこちらの興行は日本テレビの視聴者プレゼントに当たって観に行くことができました。 この日は金曜日で、私がビル掃除

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全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは新日本プロレスの「闘魂シリーズ」より1週間早い10月2日、後楽園ホールから「創立10周年記念ジャイアント・シリーズ」を開幕させています。参加外国人レスラーはNWA世界ヘビー級王者リック・フレアー

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81年新日本プロレス「闘魂シリーズ」最終戦11月5日蔵前国技館(テレビ収録、観衆13,000人超満員発表)大会。新日本プロレスは僅か4週間前の10月8日、同じく蔵前国技館で特別興行「創立10周年記念興行第3弾 新日本プロレス対国際プロレス全面対決」を開催し1

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81年10月22日付(21日発行)の「東京スポーツ」のストロング小林失踪の記事の右側にもう一つ「マードックは坂口とのタッグ拒否」という記事が掲載されています。11月5日蔵前国技館で対戦が発表されたディック・マードック&坂口征二組vsアブドーラ・ザ・ブッチ

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81年10月22日付(21日発行)の「東京スポーツ」記事の本文から抜粋引用してみたいと思います。今度はストロング小林が行方不明になってしまった。小林は(81年10月)16日の大分大会終了後、西独で行われているハノーバー・トーナメントに出場する為に帰京。18日に

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遺恨が勃発した小林邦昭さんと野上彰(AKIRA)の敗者髪切りマッチ(30分1本勝負)は「ファイティング・スピリット96」96年2月3日札幌中島体育センターで実現。野上はハサミを手に入場してきましたが試合前にきちんとレフェリーに渡しました。野上が先制攻

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話を95年に一旦戻したいと思います。95年最終シリーズとなった「バトル・ファイナル95」第2戦、11月24日後楽園ホールで小林邦昭さんは小原道由とタッグを組み、野上彰(AKIRA)&飯塚孝之(高史)組のJJジャックスと対戦、試合前に小林邦さんは野上に強烈

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大腸癌の手術という大病を経て、93年2月6日千歳市スポーツセンターで急拠のカード変更により、8か月ぶりに試合復帰を果たした小林邦昭さん。「ファイティング・スピリット93」最終戦の2月16日両国国技館では最初からカードが組まれ、青柳政司と組んでレイ

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92年6月9日名古屋市国際会議場で行われた誠心会館の自主興行「THE KENKA」に誠心会館から小林邦にオファーがありました。新日本プロレスのフロントとしては既に誠心会館との決着はついており、向こうの興行に出て利用されるだけでメリットはなく、

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89年1月7日、昭和天皇が崩御、翌8日から新元号「平成」がスタートしました。新日本プロレスでも喪に服して1月7日川崎市体育館、8日後楽園ホールの2大会の開催を自粛、延期しています。平成に入り、新日本プロレスは前88年3月にオープンした東京ドーム

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85年1月の「激突!オールスター・ウォーズ」からジャパンプロレス勢が全日本プロレスのリングに本格参戦。小林邦昭さんがライバルとしたのは前84年8月26日田園コロシアムでデビューしていた2代目タイガーマスク(三沢光晴)。2月1日札幌中島体育センターで

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本日9月10日、新日本プロレスで活躍された小林邦昭さんの訃報が入って来ました。小林邦さんは1956年1月11日長野県小諸市出身、中学校卒業後、72年に16歳で旗揚げしたばかりの新日本プロレスに入門。73年2月1日、松山市愛媛県民館での栗栖正信(正伸)戦でデ

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81年10月16日新日本プロレス大分県立総合体育館で藤原喜明と組んでディック・マードック&ハルク・ホーガン組と対戦した試合が現役として生涯最後の試合となったストロング小林。腰痛の悪化によりリングに上がることが出来なくなっていたのが実際のところです

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81年新日本プロレス「闘魂シリーズ」第5戦、10月13日呉市体育館大会にアニマル浜口&寺西勇組の国際軍団の試合記録がありませんが、これは国際側が「俺達は新日本プロレス本隊を倒す為に、このリングに乗り込んで来たんだ、外国人選手と試合をする為じゃない

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81年新日本プロレス「闘魂シリーズ」は関東から四国に移動し第3戦は10月11日徳島県阿南市スポーツセンター(観衆1,800人発表)大会。ストロング小林はこの日メインイベントに出場、猪木&星野勘太郎とトリオを結成しディック・マードック&ハルク・ホーガン&

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81年新日本プロレス「闘魂シリーズ」開幕戦、10月9日後楽園ホール(観衆2,000人満員発表)大会。この日は金曜日でしたが、「ワールドプロレスリング」は前日の10月8日蔵前国技館大会より猪木vsラッシャー木村、スタン・ハンセン&ハルク・ホーガン組vsディノ

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全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスの総力を結集した「創立10周年記念ジャイアント・シリーズ」新日本プロレスの「闘魂シリーズ」より1週間早い10月2日、後楽園ホールより開幕。紆余曲折あった参加外国人レスラーですが最終的に以下のように

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初来日のジ・アサシンことティム・トールツリーは新日本プロレスの52年の歴史の中でヘラクレス・ローンホークと並んで「最弱」に位置する外国人レスラーに入るかと思われます。本名ティモシー・リネストウ、1958年12月29日テネシー州メンフィス出身の当時22歳

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81年新日本プロレス「闘魂シリーズ」参加外国人レスラープロフィールの続きです。バッドニュース・アレンは先の「ブラディ・ファイト・シリーズ」から3シリーズ連続参戦。前回はアンドレ・ザ・ジャイアントとスタン・ハンセンの双方のタッグパートナーを務め

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ストロング小林現役最後のシリーズとなった81年「闘魂シリーズ」は10月9日後楽園ホールで開幕。シリーズ全戦参加外国人レスラーはアブドーラ・ザ・ブッチャー、ディック・マードック、ビリー・クラッシャー、ディノ・ブラボー、バッドニュース・アレン、ステ

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81年10月8日新日本プロレス蔵前国技館「創立10周年記念興行第3弾 新日本プロレス対国際プロレス全面対決」メインイベント対抗戦大将戦猪木とラッシャー木村の60分1本勝負。先に「リバース・オブ・ザ・ビート」のテーマ曲に乗りR木村が水色に唐獅子をあし

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