76年10月6日新日本プロレス大阪府立体育会館(テレビ収録、観衆6,600人満員発表)でウィリエム・ルスカが8か月ぶりに「日本の」新日本プロレスのリングに参戦し、3分45秒、裸絞めで木戸修を破っています。
おそらく、試合内容はロサンゼルスでジョバー達を相手に見せていたものと大差なかったことでしょう。
もう一人の上田馬之助も観客席に姿を現し試合を観戦しています。
この日はセミファイナルは坂口征二とアンドレ・ザ・ジャイアントと同じく9月17日の盛岡・岩手県営体育館からシリーズ後半戦に特別参加したビル・ドロモとのシングルマッチ45分1本勝負。
ドロモはこれより2年半前の74年4月「第1回ワールド・リーグ」戦にマスクマンのジ・インベーダーとして覆面代表で新日本に初参戦。
5月8日東京体育館で行われた優勝決定戦はアントニオ猪木、坂口、キラー・カール・クラップによる巴戦。(先に2勝した選手が優勝)
第1試合は12分46秒、坂口がクラップに反則勝ち。次に行われたのが4月26日広島県立体育館での公式戦で30分時間切れ引き分けとなった猪木と坂口の対戦。
この試合にクラップとインベーダーが乱入、坂口を場外に落として鉄柱攻撃で額から流血させ、坂口は15分42秒、出血多量によるドクター・ストップ負けとなり無念の棄権となりました。
坂口の棄権で自動的に次の猪木vsクラップが優勝決定戦となり7分16秒に猪木が弓矢固めでクラップを降し初優勝をしており、坂口にとってはインベーダーの招待であるドロモは因縁浅からぬ相手でした。
試合は7分1秒、ジャンピング・ニーアタックからアトミック・ドロップからの体固めで坂口が完勝しました。
メインイベントは猪木&ストロング小林組vsアンドレ&ブラックジャック・モース組。
モースはこの時が初来日と思いきや、前75年8月の全日本プロレス「サマー・アクション・シリーズ第2弾」にマスクマンのブラック・デビルとして初来日していました。
1本目は11分8秒、アンドレがS小林をジャイアント・プレスから体固め。2本目はアンドレが猪木めがけて放ったジャイアント・プレスが猪木がよけたためにモースに誤爆。
そのまま猪木がモースを体固めに押さえ込んで4分46秒に体固め。3本目はアンドレのジャイアント・プレスを誤って食らったモースがダメージの大きさから失神し、試合放棄。猪木&S小林組が2-1で勝っています(試合時間なし)。
試合後は猪木の首を狙うルスカと上田が場外の猪木のところまで来て3すくみの乱闘を展開しています。(ルスカと上田の共闘はなかった)
シリーズ最終戦10月7日蔵前国技館(テレビ収録、観衆10,500人満員発表)でルスカは永源遥、荒川誠(真、ドン荒川)、栗栖正信(正伸)を相手に「柔道3人掛け試合」を行い、あっという間に3タテを食らわし、レベルの違いを見せつけています。
この柔道3人掛け試合のレフェリーは山本小鉄が務めていましたが、そこへ上田が前日に続いて乱入。
先に仕掛けたのは小鉄でした。レフェリーシャツとズボンを脱ぐと試合用の白のレスリングタイツにリングシューズ。
私服姿の上田に赤いレスリングタイツを投げつけてこれを着けて試合をしろ!と挑発しました。
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