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2026年10月20日07:14

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【配信連動企画】昭和プロレス年史外伝��1976年の新日本プロレス(20)

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モハメド・アリとアントニオ猪木の「格闘技世界一決定戦」は、アメリカにおけるクローズド・サーキット(有料による衛星中継によるライブ上映)の興行収入が当初の目標を大幅に下回り、新日本プロレスは7億円とも9億円とも言われる過大な負債を背負いました。

NETテレビ(テレビ朝日)がこの負債を肩代わりし新日本プロレスは倒産の危機を免れました。その代わり、NETから永里高平他役員が出向して来て実質的にNETの支配下におかれ、猪木は社長から会長に棚上げ、坂口征二も副社長の座を終われ、新間寿営業本部長は一般社員に格下げされました。

東京スポーツ以外の一般紙、スポーツ紙はおしなべてアリvs猪木戦については厳しい論調で書かれており、「世界中に笑われたアリ、猪木戦」「パンチ一発6億円」「猪木は15ラウンド寝たまま、アリは猪木の周りをグルグル回ったまま何もせず」

と言った感じでした。後に長い歳月を経て様々なメディアで検証が為され、再評価されていますが試合が終わったばかりの時期はこんな感じでした。

時代の変革があり、プロレスは双方の合意に基づき相手の技を受け合うことで成立するものという認識が一般的になり、この試合が真剣勝負であったということが異常事態であった、というのが現在の一般的な定義となりました。

本連載はアリvs猪木戦の検証が趣旨ではないので内容については割愛しますが、アリ・ショックと言われた位アリ戦後の76年後半の新日本プロレスのリングは低迷しました。

アリ戦の風評被害で地方興行がいくつかキャンセルされたこともあります。

76年7月9日後楽園ホールで開幕したアジア・リーグ戦(正式にはこの後に『チャンピオン決定シリーズ』がつく)は2月に猪木が構想をぶち上げて、全日本、国際の2団体に参加を呼び掛けましたが、敵対勢力である両団体が応じる訳もなく、

さらに馬場は日本プロレスの金庫に保管してあったアジア・ヘビー級とアジア・タッグの両王座を復活させ、3月25&26の両日に亘り韓国・ソウルで王座決定戦を早々と開催、シングルは大木金太郎が、タッグはグレート小鹿&大熊元司組が新王者となり、新日本の出鼻を挫くことに成功しています。

「アジア・リーグ戦」については別連載「昭和プロレス年史外伝��日記でもう一度おさらいしよう!謎多きアジア・リーグ戦」で詳しく書いていますのでこちらでは軽く触れるにとどめます。

アジア王座自体、新日本のお手盛りのベルトが2つ増えるに過ぎず、シングルのリーグ戦にはNWF世界ヘビー級王者である猪木は不参加でした。

シングル部門は7月29日、大阪府立体育会館でタイガー・ジェット・シンが坂口を2-1で破り、タッグ部門は8月4日、仙台・宮城県スポーツセンターで坂口&ストロング小林組がTJシン&ガマ・シン組を2-1で降し王座獲得。順当な結末にファンに対して大きな関心を集められず。

「ワールドプロレスリング」解説の桜井康雄氏はシンvs坂口のアジア・ヘビー級王座決定戦の解説で「1か月ほど前ですが、シンは母国インドでですねぇ、パキスタン最強と言われたアスラム・ペールワンを破って『インド選手権』を獲得しているんですね」

という根拠のない解説をしていますが、この年の12月に猪木がパキスタンに遠征しアスラムの弟にあたるアクラムと試合をする訳ですから、その計画を知っていた桜井氏が前もって我々にフリをしてくれていたのかと思います。

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