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2026年06月09日07:15

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【配信連動企画】昭和プロレス年史外伝�/憩�本プロレス北米タイトルの謎(19)

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79年に入ると、坂口征二にシングルのベルトを巻かせようという動きが起きています。

前年78年は「ドラゴンブーム」藤波辰巳人気が爆発し、売り出しも一段落、ジュニア・ヘビー級の概念も日本で定着しており、次は坂口の番となった訳です。

そこで目を着けたのがここでも出て来る「ベルト商人」ジョニー・パワーズの持っていたNWF北米ヘビー級王座。

この王座はパワーズとペドロ・マルチネスが70年にNWFを旗揚げする以前からニューヨーク州西部(バファロー)、オハイオ州版の北米ヘビー級王座として存在していたタイトルでした。

日本で発売されているベースボール・マガジン社、日本スポーツ出版社(ゴング)から出ているプロレスの年史的な本の資料集にはこの北米ヘビー級王座は「NWA北米ヘビー級王座」と書かれているものが多いです。

私はパワーズが同王座を持っている、とされている74年頃からNWF版という認識をずっと持っていて、NWAというのはマスコミによる誤植だと思っていました。

アントニオ猪木にNWF世界ヘビー級王座を奪われたパワーズはもう1つの王座である北米ヘビー級王座を看板にNWFで興行を続けていたが、メインタイトルであるNWF世界ヘビー級王座がない状態での興行では客が入らず、パワーズはNWF本部から王座奪回の使命を受けて猪木を倒す為に日本へやって来た。

これが、猪木にNWF世界ヘビー級王座を奪われてからパワーズがベルトを取り返しに来日した時のストーリーであり、日本のプロレスファンは疑うことなくこれを信用していました。もちろん私もです。

なので北米ヘビー級王座はNWF認定が正しく、NWA認定は間違いが単なる誤植、とずっと思っていました。

1月26日岡山武道館で坂口がパワーズからベルトを奪った時は試合前の倍賞鉄夫リングアナのコールは「NWF認定」とはっきり言っています。

しかし坂口王座奪取後のテレビ朝日側からのクレジットは「NWA認定」に変更され、9月6日福岡スポーツセンターでのマスクド・スーパースターとの防衛戦が収録されたDVD-BOX「ワールドプロレスリングアンソロジー」ではNWA認定と明記されています。

こうなると間違いや誤植では済まされず一体どちらが正しいのか?という話になるかと思います。

これは解答になっていませんが、正しくはNWF北米ヘビー級王座ですがNWAでも誤りではない、というのが答えです。

パワーズとマルチネスはNWFを70年に旗揚げする前はNWAのメンバーであり、NWF旗揚げ前は同王座はNWA北米ヘビー級王座でした。

パワーズは68年10月にムース・ショーラックを破って王座に就いた後、69年と70年にブルドッグ・ブラワーとの抗争でベルトを奪われたり奪い返したりしています。

パワーズが猪木にNWF世界ヘビー級王座を奪われた後、奪回に向けて来日した時に東スポが必ずパワーズのインタビュー記事を載せているのですが、

いつも出る質問が「来日前はどこでファイトしていた?」でこれに対しパワーズは「クリーブランドでブルドッグ・ブラワーをノックアウトしてきた。奴はまだホスピタルにいる」という答えが毎回返って来るのがもはや定番となっており、これを東スポで読んだ私は「またかよ」と思ったものです。

パワーズは実際には何年も前の話をしているのですが、ブラワーとは北米ヘビー級王座を巡って因縁浅からぬ対戦相手だったことは間違いありません。

70年にNWFが旗揚げされた後はNWF北米ヘビー級王座となり、ブラワーからアーニー・ラッド、パワーズ、ワルドー・フォン・エリックへと移行。

71年11月17日ニューヨーク州バファローでパワーズがワルドーを破って王座獲得している記録がありますが、この試合が初代NWF世界ヘビー級王座決定戦だったとされている文献(別冊ゴング77年2月号、プロレスライター吉沢幸一氏によるレポート、NWFヘビー級王座のルーツを探る)もあり、これはピタリと日時と場所が一致していることからダブルタイトル戦と考えます。

その後はNWF世界ヘビー級王座と北米ヘビー級王座が二枚看板としてNWFに存在することになります。この頃が実際にはNWFが最も栄えていた時期ではないかと思われます。

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