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2026年04月29日08:16

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【特別編】マイティ井上さん追悼(264)

87年全日本プロレス「創立満15周年記念世界最強タッグ決定リーグ戦」参加チームのプロフィールの続きです。

御大・ジャイアント馬場は輪島大士との初タッグを結成してのエントリー。馬場個人では10年連続10回目の参加、78、80年優勝、前86年11月デビューの輪島はキャリア1年での初参加となりました。

馬場は松根光雄社長体制となってから2年目の83年から鶴田&天龍組の「鶴龍コンビ」売り出しの為に鶴田とは組まず、ドリー・ファンク・ジュニア(83、85年)、ラッシャー木村(84年)、タイガーマスク(86年)とパートナーを変えて来ましたが優勝には至らず。

今回は上位陣相手に苦戦を続けている輪島の司令塔としての参戦、インサイドワークには長けている馬場が輪島を上手く使い、優勝戦線を掻き回すことができるか?「5強」といわれた鶴田&谷津嘉章組、スタン・ハンセン&テリー・ゴディ組、天龍&阿修羅・原組、ブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ組、ドリー&テリーのザ・ファンクスのいずれからかは上位食いをして欲しいものであります。

実に6年半ぶりに全日本プロレス復帰となったアブドーラ・ザ・ブッチャーはTNTと組んでの参加。81年5月に決戦の火蓋を切った全日本プロレスと新日本プロレスの引き抜き抗争、その最初の移籍となったのがブッチャーの新日本プロレス移籍でした。

5月8日川崎市体育館でのテレビ生中継で新日本プロレス移籍、IWGP参戦を表明。6月24日、蔵前国技館でハンセンと組んで猪木&谷津組と対戦し2−1で勝利。以後7月からシリーズ参戦しました。

猪木との一騎討ちは移籍から8か月後の82年1月28日東京体育館で実現も、ブッチャーの間合いのプロレスと猪木のスピーディーなプロレスは噛み合わず、猪木の延髄斬り3連発でフォール負け寸前のところ、セコンドのバッドニュース・アレンが助けに入り14分52秒、反則負け。辛うじてフォール負けを逃れました。

以後、猪木は「ブッチャーとはいい試合にはならない」と判断したか、82年は3回来日しましたが10月の「闘魂シリーズ」から日本人同士のマッチメイクにシフトしていったこともあり、83、84年は1回しか呼ばれず、85年1月25日、山口県徳山市(現在の周南市)体育館での2度目のシングル戦では9分49秒、猪木がレッグラリアットからのブレーンバスターで体固めで勝利。このシリーズを最後に新日本プロレスから声がかからなくなっていました。

ブッチャーと入れ替わりに全日本プロレスに移籍してきたタイガー・ジェット・シンがポジションを徐々に落としながらもコンスタントに呼ばれ続けていたのとは対象的で、金銭的には明らかにシンの方が得をしました。

馬場とブッチャーは前86年9月17日プエルトリコで再会、ユニバーサル王座決定トーナメントでシングルで対戦してブッチャーがリングアウト勝ちを収めています。馬場も、猪木に使い捨てにされたブッチャーを不憫に思い、ブッチャーも新日本プロレスへ移ったことを後悔したと思いますが、「相思相愛」の関係にありながら「引き抜き防止協定」があった為、直ぐに全日本プロレス復帰とはいかず。

今回の長州力達長州軍団の新日本プロレスUターンにより待望の復帰が実現しました。ブッチャーは2年10か月ぶりの来日、リーグ戦への参加は7年ぶり4度目となりました。ブッチャーのパートナーには初来日のTNTが選ばれました。

TNTは64年プエルトリコ出身の当時23歳の新鋭。テコンドーの下地を活かしたペイントレスラーで85年にプエルトリコWWCでデビュー。87年にミスター・ポーゴと組んで今回の最強タッグにエントリーしているヤングブラッド兄弟を破ってWWC世界タッグ王座を獲得。キャリア2年の新人ながら、動きの良さでブッチャーをフォローして見せるか。

こちらも若いチームとなるタイガーマスク&仲野信市組。10月25日にジャパンプロレスの解散から全日本プロレスに入団した仲野ですが、もし長州達と行動を共にしてたら、最強タッグ出場という栄誉は先ずなかったと思われ、タイガーマスクと組ませたことで馬場の期待度がわかろうというものです。

タイガーマスク個人では86年に次いで2年連続2度目の参加、天龍革命の影響による鶴龍コンビの解散で鶴田のパートナーに指名され、7月3日、後楽園ホールでハンセン&テッド・デビアス組にリングアウト勝ちしPWF世界タッグ王座を獲得しましたが8日後の11日、鳥取県米子市産業体育館でのリターンマッチで、タイガーマスクがハンセンのウェスタン・ラリアットに沈み王座転落。

いくらヘビー級に転向したからとはいえ、体格差のある鶴田のパートナーとなるにはこの段階ではいささか無理があり年齢、キャリア、体格の近い仲野とのチームの方が伸び伸びと試合出来そうです。

初参加、ザ・グレート・カブキ&ジョン・テンタ組。カブキは83年2月の凱旋帰国の年の最強タッグの終盤戦に特別参加、12月12日には蔵前国技館でリック・フレアーのNWA世界ヘビー級王座に挑戦(21分24秒、カブキの反則勝ち)していますが、この年全日本プロレス本隊で1年間活躍したことで初のリーグ戦出場。(素顔の高千穂明久としては77年の「世界オープンタッグ選手権」に当時国際プロレス所属だったマイティ井上と組んで参加)

この年デビューしたばかりのテンタを上手くコントロールしてリーグ戦で活躍するか、カブキがゲームメーカーとして試合を引っ張り、テンタがフィニッシュを決めるという必勝パターンが確立されれば面白いチームとなりそうです。

トム・ジンク&初来日のザ・ターミネーター組。ジンクは86年に次いで2年連続参戦。ジンクは前回リック・マーテルとのコンビで出場し3勝の6点を挙げました。マーテルとの「カンナムコネクション」でこの年WWF入り。ハート・ファウンデーション(ブレット・ハート&ジム・ナイドハート組)やドリーム・チーム(グレッグ・バレンタイン&ブルータス・ビーフケーキ組)などヒールのトップチームと対戦し、3月29日、ミシガン州デトロイト・ポンティアック・シルバードームでのレッスルマニアIIIではカウボーイ・ボブ・オートン&マグニフィセント・ドン・ムラコから勝利を収めましたが契約のトラブルでジンクのみ短期間でWWFをリリースされパートナーを変えての再来日となりました。

ジンクのパートナー、ターミネーターはアニマル・ウォリアー(ジョー・ロウリネイティス)、翌88年全日本プロレスに初来日するジョニー・エース(ジョン・ロウリネイティス)の3兄弟の末弟、本名はマーク・ロウリネイティス、66年ミネソタ州出身の21歳。

NWAジム・クロケット・プロでリングクルーとして働きながら、ネルソン・ロイヤルのジムでプロレスを習得し、87年にフロリダ地区のCWFでデビュー。プロモーターのマイク・グラハムにより、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画にちなんだ「ザ・ターミネーター」のリングネームとギミックを与えられました。この年デビューしたばかりの新人であり、実力的には未知数です。

国際血盟軍代表、R木村&鶴見五郎組は2年連続のエントリー。R木村個人では4年連続4度目の出場、鶴見個人では2年連続4度目の出場、前年は2勝の4点とブービーに終わりましたが、優勝チームである鶴田&天龍組の暴走を誘って反則勝ちをせしめたのが光りました。

原の天龍同盟入りでとうとう2人だけになってしまった国際血盟軍、ピーク期には原、剛竜馬、アポロ菅原、高杉正彦と6人いただけに陣容は寂しくなりましたがヒールの意地を発揮して大物食い成るか? 

マーク&クリスのヤングブラッド兄弟も初来日。初期の全日本プロレスのレギュラー中堅外国人だったメヒコ・グランデことリッキー・ロメロの息子、兄のジェイ・ヤングブラッドは77年に全日本プロレスに初来日、82年の最強タッグではリッキー・スティムボートとのタッグでリーグ戦に新風を吹き込みましたが85年9月2日、遠征先のニュージーランドで心臓発作の為、30歳の若さで急死しています。

63年テキサス州アマリロ出身の24歳。81年7月、本名のマーク・ロメロでデビュー。82年にはミズーリ、カンザスといったNWAセントラル・ステーツ地区でジン・ルイス(ザ・モンゴリアン、テキサス・レッド)、ハーキュリーズ(ヘラクレス)・ヘルナンデスを破り、同地区認定のTV王座を2度獲得。マイク・ジョージと組んでジェリー・ブラウン&ロジャー・カービー組、デイウィ・ロバートソン&Hヘルナンデス組から同タッグ王座を2度奪取しています。

その後、マーク・ヤングブラッドに改名、NWAジム・クロケット・プロのノースカロライナ州を拠点としたミッドアトランティック地区に参戦。兄のジェイ同様のインディアン・ギミックに変身し、84年3月にはトーナメントの決勝でディック・スレーターを下して空位となっていた同地区のTV王座を獲得。インディアン・レスラーの大御所ワフー・マクダニエルのパートナーにも抜擢され、ボブ・オートン・ジュニア&ドン・カヌードル組、ジャック&ジェリーのブリスコ兄弟からNWA世界タッグ王座を奪取2度獲得しています。

85年からフロリダに転戦、ここで兄ジェイとのヤングブラッド兄弟として活躍、クラッシャー・クルスチェフ&ジム・ナイドハート組、プリティ・ヤング・シング(ココ・ウェア&ノーベル・オースチン組を破りUSタッグ王座を獲得しトップになりましたが、9月2日、遠征先のニュージーランドにてジェイが心臓発作で客死。以後弟のクリスをパートナーに活動を続けました。

クリスは本名クリス・ロメロ。66年テキサス州アマリロ出身の21歳、84年、プエルトリコにてビクター・ジョビカの指導を受けてデビュー、NWAミッドアトランティック地区やフロリダ地区で実績を積み、死亡した兄ジェイの代わりとしてマークとの兄弟タッグでの活動を本格的に開始します。

86年はフリッツ・フォン・エリックが主宰していたテキサス州ダラスのWCWAに参戦、9月にテキサス州フォートワースにて行われた世界タッグ王座争奪トーナメントでは準決勝でバズ・ソイヤー&マット・ボーン組に惜しくも敗退。

87年より、プエルトリコで活躍。ブッチ・ミラー&ルーク・ウィリアムスのザ・シープハーダーズ、ミスター・ポーゴ&TNT組とWWC世界タッグ王座を巡って抗争を展開。今回待望の全日本プロレスに初来日が実現しました。

以上、過去最多の12チーム、84年大会と甲乙つけがたい豪華メンバーが集結、30分1本勝負で公式戦を争い○勝ち2点、△時間切れ引き分け1点、●▲負け及びあらゆる時間内引き分け0点で、シリーズ最終戦の12月11日、日本武道館における公式戦終了時点での最多得点チームが優勝となります。

新日本プロレスは一足早く11月9日より「ジャパンカップ争奪タッグ・リーグ戦」をスタートさせていました。興行戦争ですが、後楽園ホールは新日本が先攻で11月9日開幕戦と11月19日、後攻の全日本は11月21、22日開幕2連戦。

新潟市体育館が先攻の新日本が11月22日、後攻の全日本は11月30日。東京の大会場が先攻の新日本が12月4日、両国国技館、後攻の全日本は最終戦の12月11日、日本武道館。

新日本は優勝決定戦を12月7日、大阪府立体育会館で開催。府立のみ新日本が後攻となり、全日本は12月2日となります。ただ、タッグリーグ戦に関しては「世界最強タッグ決定リーグ戦」というブランド力、メンバーから勘案して質量共に新日本プロレスには勝ち目はない、と言っても過言ではなかったでしょう。
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