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2026年02月24日07:11

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週プロ流智美あの日あの時予想2025年総括(49)

第420戦、12月17日発売号●【予想】猪木除名・追放処分で揺れる日プロの中、馬場がロスで生涯唯一の金網戦、ケージマッチ、ジャイアント馬場&ジョン・トロス組vsキンジ渋谷&マサ齋藤(71年【現地時間】ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアム)【正解】大相撲番付方式の変則リーグ戦を採用した功罪、オープン選手権優勝戦、馬場vsホースト・ホフマン(75年12月18日全日本プロレス川崎市体育館)

【参考】 2014年12月17日発売号は「3団体鼎立時代」のド真ん中、団体エース対決が実現、オープン選手権公式戦、馬場vsラッシャー木村(75年全日本プロレス千葉公園体育館)

【予想解説】これまでも本連載で何回かに亘って出てくるアントニオ猪木の日本プロレス除名・追放処分事件。猪木は日本プロレスの芳の里淳三社長、遠藤幸吉取締役らいわゆる「ダラ幹」達を追放し、プロレスラーが潤う会社にしようと会社改革を訴え、馬場を初めレスラー達の同意を取り付けていたものの、幹部達を追い出した後は野心家の猪木が会社の実験を握ると危惧した馬場が態度を翻し、上田馬之助が猪木の計画を芳の里社長に話したことから猪木の描く絵は頓挫、一転して「会社乗っ取りを企てたクーデター犯」として日本プロレスを放り出されてしまいました。

参謀の木村昭政氏は元警察官の経歴を持つ日本プロレスの興行を買っていたプロモーターで猪木後援会の会長、会計士の資格を持っていたところから、経理には明るく、猪木の代理人として11月下旬頃から会社の帳簿を持ち出していたと言われています。

馬場や上田が猪木寄りである第三者の木村氏の存在を快く思う訳もなく、木村氏を猪木が入れた段階でもはやアウトだったと言わざるを得ません。

12月13日代官山の日本プロレス事務所にて、猪木は会社乗っ取りを企てたクーデター犯として日本分を除名・追放処分となりました。

日本プロレスを追われフリーとなった猪木はプロレスラーを継続するには国際プロレスのリングに上がるしかありませんでしたが、吉原功社長は「猪木には合同興行(67年1月の東京プロレス、国際プロレス合同興行の新春パイオニア・シリーズ)で煮え湯を飲まされる思いをした。絶対にウチでは使わない」とマスコミの取材に答えているところから先ず消えました。

そんな中、馬場は渡米、12月17日(現地時間)ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムの年末のビッグマッチに出場、69年(12月19日フリッツ・フォン・エリックとインターナショナル王座防衛戦)、70年(12月18日ジン・キニスキーからインターナショナル王座を奪回)に次いで3年連続参戦となりました。

馬場はロスの大会で生涯唯一のケージ(金網)マッチ(時間無制限3本勝負)に出場、「ギリシャの黒鷲」ジョン・トロスと組んでキンジ渋谷&マサ齋藤組の日系人&日本人ヒールコンビと対戦。1本目は渋谷がトロスをスリーパー・ホールドで絞め落とし、2本目は馬場が16文キックから渋谷を体固め、決勝の3本目は馬場の32文ロケット砲のアシストを受けたトロスがフライング・ニードロップからの体固めでM齋藤を破り、2−1で馬場&トロス組が快勝しています。

【正解解説】史上空前と言われた夢の祭典全日本プロレス「オープン選手権」は75年12月6日足立区体育館で開幕。開幕戦で馬場は初対決となるバロン・フォン・ラシクにカウンターの16文キックの連発でフォール勝ち。ドリー・ファンク・ジュニアはアブドーラ・ザ・ブッチャーとの夢の対決を行い、ブッチャーの巨体をブレーンバスターで投げて観客をどよめかせましたが暴走して反則負け。手痛い黒星スタートとなりました。

ハーリー・レイスはダスティ・ローデスにダイビング・ヘッドバットでフォール勝ち。敗れたローデスでしたがアメリカン・ドリームの真価を見せた試合でした。大木金太郎はケン・マンテルに勝ち、マイティ井上はミスター・レスリングと両者リングアウトの引き分け、ドン・レオ・ジョナサンはアントン・ヘーシンクにリングアウト勝ち。

第2戦12月7日川越市民体育館ではドリーとレイスが30分時間切れ引き分け、馬場はローデスに足を掬われて両者リングアウト、大木もディック・マードックと両者リングアウト。

ザ・デストロイヤーはレスリングと30分時間切れ引き分け、ヒロ・マツダはホースト・ホフマンとジャーマンが崩れ両者ダブルフォールの引き分け。ラシクは井上にリングアウト勝ち。ラッシャー木村はマンテルを破っています。

第3戦12月8日広島県呉市体育館ではジャンボ鶴田が公式戦初登場しマードックと30分時間切れ引き分け、ブッチャーはグレート草津に勝ち。大木とレイスは両者リングアウト。R木村はラシクに勝ち、ホフマンはレスリングを破る。M井上はローデスに反則勝ちし、ヘーシンクとマンテルは両者リングアウト。

第4戦12月9日福岡九電記念体育館(テレビ収録)では馬場とレイスが30分時間切れ引き分け。ドリーはラシクにダブルアーム・スープレックスでフォール勝ち。鶴田はホフマンを一瞬のすくい投げから押さえ込んでフォール勝ち。

「足4の字で勝ったら100万円やる」と言われたデストロイヤーと草津の足4の字対決はお互い4の字は不発に終わりーデストロイヤーがフライング・ボディシザースドロップでフォール勝ち。マツダはローデスと両者リングアウト、ジョナサンはレスリングに勝ち、マードックはヘーシンクにリングアウト勝ち。

第5戦12月10日岐阜市民センターではR木村がジョナサンを破り、レイスとブッチャーは両者リングアウト。鶴田はM井上と初対決で30分時間切れ引き分け。デストロイヤーとマードックも30分時間切れ引き分け、マツダとラシクは両者リングアウト。草津はレスリングに足4の字固めでギブアップ勝ち。

12月11日は日本武道館で特別興行「力道山13回忌追善特別大試合」(テレビ収録)が開催されました。プロレスの興行で日本武道館が使用されるのは66年12月3日、日本プロレス、メインイベントが馬場vsフリッツ・フォン・エリックのインターナショナル選手権試合以来9年ぶり。

当時、日本武道館と言えばプロレスにとってはまだまだワンランク上の会場でした。観客は14,500人(超満員)発表試合前には百田敬子未亡人、長男・義浩がリングに上がりファンに挨拶。リング下に大会参加選手が整列して10カウントゴングの弔鐘が鳴らされ、日本プロレスの父・力道山の冥福を祈りました。

大会のメインイベントは馬場、デストロイヤー組vsドリー、鶴田組の「師弟混戦タッグマッチ」60分3本勝負。タッグながら馬場と鶴田の師弟がついに待望の初対戦を行っています。

1本目は13分56秒、ドリーがデストロイヤーをボディスラムに抱え上げたところ、馬場がドリーの背中をポーンと押してそのままデストロイヤーが上になってドリーを体固め。2本目はドリー、鶴田が交互にデストロイヤーにダブルアーム・スープレックスを連発。2分27秒に鶴田がデストロイヤーを片エビ固め。決勝の3本目は鶴田がデストロイヤーを首固めに丸め込んだところまたも馬場が鶴田の身体を一回転させて5分29秒にデストロイヤーが鶴田をエビ固め。

2-1で馬場、デストロイヤー組が勝ち、馬場のインサイドワークによる勝利でした。

セミファイナルは大木vsブッチャーの時間無制限1本勝負。試合前にレイスが前日の岐阜大会におけるブッチャー戦で左肩を脱臼し、試合欠場の挨拶をしていたところ、ブッチャーがレイスを急襲。さらにブッチャーはリングアナの百田義浩を襲撃して額から流血させるという暴挙に出ました。

力道山の追善興行で長男の義浩リングアナを流血させるというブッチャーの徹底したヒールぶりに館内は大興奮。大荒れの中大木がブッチャーに襲いかかって試合開始。果てしない場外乱闘の末、試合は5分45秒、両者リングアウト。

マツダの持つNWA世界ジュニア・ヘビー級王座には国際プロレスを代表してM井上が挑戦。

1本目はマツダが11分49秒にドロップキックから体固め、2本目はM井上が3分29秒にサマーソルト・ドロップから体固め。決勝の3本目はマツダが2分18秒に回転エビ固め。2-1でマツダが王座防衛に成功。M井上は国際に入門時、短期間ですがマツダの指導を受けており、こちらの一戦も師弟対決でした。

この他、R木村はラシクに逆エビ固めで勝ち、レイスと対戦予定だったジョナサンはサムソン・クツワダに勝ち。この日より参戦のパット・オコーナーはレスリングと組んでローデス、マードック組のアウトローズと30分時間切れ引き分け。草津はホフマンと両者リングアウト、ヘーシンクはマンテルに首固めで勝利。

メキシコに遠征していた力道山次男・百田光雄が凱旋帰国マッチを行い、マシオ駒とのタッグで国際の鶴見五郎、米村勉組と対戦。日本初となるトペを公開して鶴見にリングアウト勝ちしています。

力道山ゆかりの芸能人がリングに上がり、俳優の田宮二郎、伴淳三郎が力道山の思い出を語れば、三橋美智也、竹越ひろ子が歌を披露。偉大なる故人の功績を称えています。

なお、追善興行に不参加という事で不仲となった猪木と百田敬子未亡人は東京スポーツ井上博社長が仲介に入り、大会直前に和解。猪木が敬子未亡人に頭を下げています。

同日同時刻に蔵前国技館で行われた猪木vsビル・ロビンソンのNWF世界ヘビー級選手権試合をメイン(1-1から60分時間切れ引き分け)とした新日本プロレスの興行も12,000人(超満員)発表。ハコの大きさで武道館の方が若干上回りましたが双方超満員で興行合戦は引き分けに終わりました。

後半戦に突入しましたが、レイスが左肩脱臼、ローデス、ラシクが負傷、レスリングが10月に起きた飛行機事故の後遺症の為、ヘーシンクは成績不振の為、大木は力道山13回忌追善興行でブッチャーに勝てなかった事、また百田義浩リングアナを負傷させてしまった事に責任を感じてと6選手が武道館大会を最後に途中棄権して帰国しています。

実際は最初から1週間だけの契約だったと思われます。

第6戦12月12日三重県鈴鹿市立体育館では馬場とドリーの頂上対決が実現、ドリーが前方回転エビ固めで勝利。鶴田はマツダと30分時間切れ引き分け、オコーナーとホフマンも30分時間切れ引き分け、ジョナサンとマンテルは両者リングアウト。

第7戦12月13日福井市体育館(テレビ生中継)では馬場がブッチャーにリングアウト勝ち。鶴田はR木村と初対決、場外で張り手とチョップの応酬で両者リングアウト。デストロイヤーとジョナサンも両者リングアウト、オコーナーはM井上に逆さ押さえ込みでフォール勝ち。

第8戦12月14日山形県米沢市営体育館ではドリーがR木村にエビ固めで勝利。マツダとオコーナーの職人対決は30分時間切れ引き分け。マードックは草津を破り、M井上はマンテルと30分時間切れ引き分け。

第9戦12月15日仙台・宮城県スポーツセンター(テレビ収録)ではファン投票第1位のカード、馬場vs鶴田の初のシングル戦が実現。試合は鶴田が馬場の巨体をサイド・スープレックスで投げて見せましたが16分49秒、馬場が河津落としでフォール勝ち。

ドリーはホフマンとプロレス史に残る名勝負を展開しエビ固めでフォール勝ち。ブッチャーvsジョナサンはブッチャーがジョナサンのサンセット・フリップを自爆させるとジャンピング・エルボー一発で逆転勝ち、デストロイヤーとマツダは30時間切れ引き分け。マードックとオコーナーも30分時間切れ引き分け、草津とマンテルは両者リングアウト。

第10戦12月16日新潟県長岡市厚生会館(現アオーレ長岡)ではR木村とブッチャーが初対決し両者リングアウト、デストロイヤーはM井上と30分時間切れ引き分け、ジョナサンは草津に勝ち。ホフマンとマードックは30分時間切れ引き分け、マンテルはオコーナーを首固めで破っています。

第11戦12月17日千葉公園体育館(テレビ収録)で馬場とR木村が全日・国際エース対決。試合中、ブッチャーが乱入し馬場とR木村に攻撃を加えましたが木村は流血。

試合は再開され馬場が6分53秒、河津落としでR木村を体固めで降しています。R木村のセコンドにいた吉原社長が血相を変えてレフェリーのジョー樋口に抗議しましたが「ブッチャーは馬場と木村、両方に攻撃を加えた」として判定は覆らず後味の悪い結果となってしまいました。

鶴田vsブッチャーは鶴田のセコンド、ドリーが試合に介入して鶴田の反則負け、ドリーとジョナサンは両者リングアウト。ホフマンはデストロイヤーを回転エビで破りマツダはM井上と30分時間切れ引き分け。

シリーズ最終戦、12月18日川崎市体育館、ドリーが鶴田と30分時間切れ引き分けとなり10点止まり。その後行われた馬場vsホフマンは馬場が10分5秒、ネックブリーカー・ドロップでフォール勝ちし得点11で優勝。

馬場の優勝決定後に行われたブッチャーとデストロイヤーの試合はブッチャーがリングアウト勝ちを拾うも10点でドリーと同点の3位。

マツダはマンテルにコブラツイストてギブアップ勝ち、木村とマードックは両者リングアウトとなりました。

世界の強豪を相手に健闘した鶴田は1勝2敗4時間切れ引き分け1両者リングアウトの6点に終わっていますが、R木村と並んで敢闘賞を受賞しました。

殊勲賞はドリー、技能賞はマードックが受賞し、馬場が日本プロレス時代の栄光のワールド・リーグ戦の優勝大トロフィーを手にしています。

※対戦成績は420戦64勝356敗、勝率152。 
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