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2025年12月13日08:10

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【特別編】マイティ井上さん追悼(183)

全日本プロレス87年「創立15周年記念新春ジャイアント・シリーズ」終盤戦のヤマ、1月31日青森県八戸市体育館(テレビ生中継、観衆5,200人超満員発表)大会。大阪城ホールのような大会場を除いた通常の地方興行では間違いなく今シリーズ一番の入りとなりました。

メインイベントは全日本対国際血盟軍6人タッグマッチ、ジャイアント馬場&タイガーマスク&ハル薗田組とラッシャー木村&助っ人、キラー・カーン&鶴見五郎組ですが、この試合はメインというより、テレビ生中継を勘案して、試合途中で放送時間が終了してもいいように最終試合として組まれた色合いが強いです。鶴田、天龍、長州力、輪島大士は優先してテレビで見せなければなりませんので。
     
R木村が10分21秒、ブルドッキング・ヘッドロックからの体固めで薗田をフォールし、国際血盟軍に凱歌が上がっています、

セミファイナル、というより実質メインイベントはUNヘビー級選手権試合、王者天龍源一郎に初来日のフランク・ランカスターが挑戦。ランカスターは来日第1戦からここまでシングル、タッグともフォール、ギブアップ負けはなし。

天龍はラリアットにきたランカスターの腕を押え担ぐような形で投げ落とし、パワーボムで叩きつけておいてから、ランカスターの両脚を腕でロックすると一気にテキサス・クローバーホールド。8分17秒、ランカスターは呆気なくギブアップし、天龍が4度目のタイトル防衛に成功しています。実績のないランカスターはタイトル戦本番では天龍の敵ではありませんでした。

輪島大士はザ・グレート・カブキとタッグを組んでタイガー・ジェット・シン&阿修羅・原組と対戦。今シリーズ第2戦の1月3日、後楽園ホールからカブキが全日本正規軍に1年4か月ぶりに戻っていますが、Kカーンが国際血盟軍と共闘するからというのも大きな理由の一つですが、もう一つの重要なミッションは輪島の指南役。職人的なプロレスの巧さでは定評のあるカブキだけに、練習でのコーチはもちろん試合でも輪島のボロが出ないように上手く試合を成立させることもありました。
         
輪島が原へ2段式ネックブリーカードロップ(ラリアットを決めてからそのまま離さず相手の頭部を揺さぶって叩きつける)を決めフォールに入ったところへシンが入ってきてカット。そこから輪島とシンの殴り合いとなり、制止するレフェリーを輪島が2度にわたって突き飛ばし7分16秒、輪島の反則負けが取られました。

なお1月24日、横浜文化体育館でのシンとのシングルマッチが輪島の反則勝ちという不本意な結果に終わったことで、シリーズ最終戦、2月5日、札幌中島体育センターで両者はシングルマッチで再戦が決まっています。

全日本対ジャパン軍団抗争、ジャンボ鶴田&石川敬士組と長州&谷津嘉章組は、鶴田と長州が場外乱闘をしている最中に、石川は谷津をブレーンバスターで倒すとコーナーポスト最上段へ、そこへリングに戻ってきた長州がパンチでたたき落とし、すかさず谷津がカウンターのパワースラムを決め10分6秒、谷津が石川を体固めでフォール。インターナショナル・タッグ王者、長州&谷津組の勝利。

それにしても、テレビ生中継で鶴田と長州、谷津の攻防より輪島の試合を後に持ってこられていることを見ると、やはり輪島は日本テレビにはキラーコンテンツだったと言えるでしょう。

世界ジュニア・ヘビー級選手権試合、1月3日、後楽園ホールで小林邦昭をジャックナイフ式エビ固めで破り、ついに全日本プロレスにベルトをもたらした第3代王者、渕正信が前王者小林とのリターンマッチ。

渕は小林を対角線コーナーに振りましたが小林はショルダー・タックル狙いで突っ込んで来た渕にコーナーを背にしながらカウンターのラリアット。しかしこれを渕にかわされると、後ろにいたレフェリーに命中し、これが反則に取られ10分59秒、小林の反則負け。渕がタイトル初防衛に成功しています。

アニマル浜口&寺西勇&仲野信市組vsカート・ヘニング &ア・シーク&ネルソン・ロイヤル組の6人タッグマッチは5分46秒、カート・ヘニングが回転エビ固めで仲野にフォール勝ち。

ジャパン対カルガリー・ハリケーンズ、保永昇男とヒロ斎藤の玄人ファン好みのシングルマッチは11分4秒、ダイビング・セントーンからの体固めでH斎藤の勝利。なお保永は80年4月25日新日本プロレス後楽園ホールにおけるデビュー戦の相手が斉藤弘幸(ヒロ)でした。

マイティ井上とマーク・レーガンのシングルマッチは7分53秒、サマーソルト・ドロップからの片エビ固めでM井上の完勝。

第1、2試合は全日本対ジャパン、大熊元司&川田利明組と栗栖正伸&佐々木健介組が対戦。後に00年10月9日と01年1月4日の新日本プロレス東京ドーム大会のメインイベントで全日本プロレスと新日本プロレスの団体の看板を賭けて頂上決戦を行う川田と健介が初対決。試合は大熊が8分6秒、ジャンピング・ヘッドバットからの体固めで健介を破りました。

当時の健介には大熊との対戦はまだしんどかったと思います。

第1試合は百田光雄が5分59秒、バックドロップからの体固めで笹崎伸司を破りました。

なお、小川良成は前日1月30日の岩手県花巻市民体育館での笹崎とのシングルマッチでフライング・ボディアタックを自爆し左肘を脱臼。7分23秒レフェリーストップ負けを喫し、この日から欠場に入りました。

以後、若手時代の小川は左肘の脱臼癖がつき、復帰、欠場を繰り返すことになり、その実力が開花するのは90年代後半となります。
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